2020-11-02

札びらを拾った話

何ヶ月か前の話になるが、新宿駅の近くで現金を拾った。

地面に脈絡なく落ちている札びらというのは、これは非常に不思議もので、とにかく物凄く目立つ。悲しいかな、人間の目というのは「紙幣」というものものすごく精細に認識するように日々チューニングされているらしい。

それで、ここからが滑稽なのだが、札びらを見た瞬間、「え? 札落ちてねえ?」「いや、そんなはずないか…」 「…って、マジで札じゃねえか?」「いや、でもこんな人通しの激しいところで、誰も落とした素振りもないし、(どう見ても紙幣なんだけど)誰にも拾われず、ただ落ちてるって異常だよなあ」「ただ、どう見ても金…」という往復ビンタのような思考が数秒のうちに脳内スパークする。

札びらという存在感とそれが雑踏の路上無意味に落ちているという光景には、それだけ、理解を拒絶させるものがあった。俺の前を歩いていたカップルも同じように気づいていたようだが、まるで動物死体とかエロ本とか、なんか明らかに見てはいけないものを視界に入れてしまった、という感じだった。

ところで俺はこの札びらを拾った。交番に届けるためである

金を落とした当事者を除いて誰がこの金を拾うのが最善かと言えばそれは交番ちゃんと届ける気でいる人間であって、俺は俺が交番に届けるつもりなのを知っているので、思い切って俺が誰よりも先に拾う。合理的判断。のはず。

そのとき、俺の目と鼻の先で、ホームレスがうずたかく積まれ荷物の横に段ボールを敷いて横になっているのが見えた。その隣では別の男性が、あぐらをかいて雑踏を見ていた。

金はこの人たちの、ほんの数m近くに落ちていながら、誰にも気づかれず、あるいはもっと奇妙なことに、「無視されていた」のだ。この人たちもそれに気づかなかった。

俺はなんだか、札びらを指の間に挟みながら、頭がぐらぐらしてしまった。ホームレスの目の前に、元は何が入っていたのかやたらデカい空き缶が置かれていて、10円だの100円だのが、まばらに浅く積もっていた。

俺はふと、この金はあの缶の中に投下されるべきなのか? と思ったが、完全な誤謬だ。なぜなら、これはそもそも落とし主の金だからだ。

それに、ホームレスが金に気づかなかった、というのもおかしな角度のついた狂った偏見だ。ホームレスが落ちてる金を見たらそれを拾得するだろうか? するかもしれないが、それはホームレス以外でも同じだし、実際にその瞬間までどうするかは誰にもわからない。

妙な状況でテンパると酔っぱらったような発想が出てきてよくない。俺は疲労千鳥足になりながら交番へ。

交番は遠かった。スマートフォン地図を調べながら、人々がなんで路上の金を無視していたのか(俺にはtodokeru or hutokoro の二択だったのだが…)よくわかった。

とにかくめんどくさいんだ。俺だって札びらなんて拾わなかったらヨドバシの地下で酒買ってすぐに帰りたかった。手を出した時点で、犯罪善行の極端などちらかになってしまう。路上紙幣無視、という行動にはちゃん理屈があったわけだ。

交番には無事届け出た。

「落とし主出てきたら一部要る?」

「要らないっすね」

「じゃあ出てこなかったら?」

「もらいます

年末ぐらいまでに誰も現れなかったら法的にも俺の物になるっぽい。慈善に使うか酒に変えるかはそのときのノリで決めようと思う。

  • 経済学者が好きそうな話題だな。効率市場仮設だったかな?

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