2018-04-23

あの頃、私はウサミン星人だった。

シンデレラガール総選挙、盛り上がってるみたいですね。

せっかくなので、昔話をさせてください。

私は、安部菜々さんを担当していました。

彼女の夢に向かって諦めない姿が大好きで、一緒に彼女の夢をたくさん叶えたい、と思っていました。

彼女の夢は、順調に、次々と叶っていきます

CDデビューをして、舞浜ライブをして。ワンダフルマジック衣装を着た彼女を見られなかったのは少し残念でしたけど、ウサミンが人気を得ていくのを見るのはとても嬉しかった。

当時就活やその後の仕事ストレスで病んでいたこともあり、菜々ちゃんには精神的にだいぶ救われました。彼女がこんなに頑張っているのに、私が折れるわけにはいかない。そう思っていました。

転機が訪れたのは、アニメが始まってからのことです。

サブ担当としてかな子ちゃん担当していましたが、彼女アニメにおける担当がいわゆる武内Pであること自体は、それほど拒否反応はありませんでした。プロデューサーほとんどは男性でしょうし、赤羽根Pとの差別化を図りたかったであろう意図もわかります

アニメ世界の菜々ちゃんには、楓さんやまゆちゃんの様に、担当するプロデューサーがいました。

菜々ちゃんのメイン回。菜々ちゃん担当Pが上司に逆らえず、菜々ちゃんにウサミンを捨てさせる決断をしたのは、私にとってひどくショッキングストーリーでした。

まるで、貴方では菜々ちゃんシンデレラガールにはできない、と言われているようで。

最終的に、菜々ちゃん担当するプロデューサーの元を離れ、武内Pプロデュースにより舞踏会活躍します。

担当Pは、その姿をどんな気持ちで見ていたのか。

自意識過剰なのはわかっています。けれど私はその日から、菜々ちゃん担当を名乗る自信がなくなっていました。

菜々さんの話題で盛り上がる担当の方々を遠巻きで見ながら、私は気がつくとシンデレラガールズそのものから距離を置いていました。

月見ウサミンもニューイヤーウサミンも手放して、思い出だけが残って。

最近、手が届くところまで来ている、という噂を聞きました。

もしも、ウサミンがシンデレラガールになったとき

私の元を離れ、ガラスの靴を履いた菜々ちゃんを、私はどんな顔で見るのか。

からないけれど、ティアラをつけた菜々ちゃんは、きっと綺麗なんだろうな。

  • おーい今どんな気持ちだ? さっさと帰ってこーい 6月には[シンデレラガール]のカードが出るし11月のアニバーサリーはウサミン上位のアイドルプロデュースが待ってるぞ あの頃のあの時...

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