そして、当日。
「ごめんね、週末の朝早くから。最初の店は朝のみの経営だから、どうしてもこの時間帯からじゃないとダメなんだ」
タイナイの言葉で引っかかったのは、その店のことよりも“最初の”という言葉だった。
この時点で嫌な予感が漂い始めていた。
「で、ここが目的の店、『竹やぶ焼けた』だ。第一印象はどう?」
「“どう?”って……注文どころか、まだ店の中に入ってすらいないのに何を言えってんだ」
俺と弟は、タイナイに導かれるまま店の中へ。
「はいーいらっしゃいー。3名さまね、好きなところ座ってー、すぐにおしぼりとお水持って来るから!」
店主らしき人が陽気に出迎えてくれた。
喋り方からして女性だと思われるが、イマイチ見た目で判別がつきにくい。
「うん? この水……」
「分かる~? アセロラを絞ってみたの! ビタミンCたっぷり。なんとレモン数十個分なのよ。でも“レモン何個分”って今日び権威が疑われる謳い文句だから逆に伝わりづらいかもね。うふふ」
「はあ……あの……」
「そうじゃなくて、メニューは?」
「日替わり一品しかないから、メニューは用意してないの。シェフの気まぐれよ! つまり私の気まぐれ!」
「……そうなんですか。ちなみに今日は?」
「『かなり毎週来た滝う油脂いまり中』。上から読んでも下から読んでも『かなり毎週来た滝う油脂いまり中』」
「は?」
「メニュー名よ。じゃあ、なるべく早く、なるはやで持ってくるから待っててね」
タイナイは店主が厨房に向かうのを見届けると、俺たちに話しかけてきた。
「で、意見を聞きたいんだけど」
「この時点でも言えることはいくらでもあるだろ。例えば店の内装とかの雰囲気とか、接客態度とか」
「ふむ、弟くんも」
「うん」
「それじゃあ何の参考にもならないよ。もう少し真面目にやってくれ」
そんなこと言われても、わざわざ口に出すほどの感想は俺にはなかった。
だがタイナイに奢ってもらう手前、ちょっと無理してでも捻り出さないと。
「えーと、そうだな。ちょっと照明がキツいような気がする。あとキツいといえばあの店主だな」
「あー、なるほど。弟くんはどう?」
「う~ん、悪い人ではないと思うけど……あまりお近づきになりたいタイプではないかな。ましてや朝とか特に」
「ほうほう、なるほど。やっぱり二人を連れてきて正解だ。すごく参考になるよ」
タイナイがやたらと頷いているが、本当にこんなんでいいのだろうか。
俺は不安になってくるが、弟はというとタイナイの反応に気を良くして、どんどん意見を盛っていく。
「何というか、ところどころ洒落臭いよね。この出てきた水とかも、正直これだったら普通の水にして欲しい」
「メニューだってそうだ。何だよ、上から読んでも下から読んでも同じって。しかも意味不明な言語で、言葉遊びとしては酷い出来だ」
「あ、こっちの出し巻き卵は美味い。付け合せの漬け物はビミョーかな」
「ふむふむ、弟くんの率直な感想は参考になるよ。マスダは何かない? ほら、このカルパッチョとか」
「いや……俺、ナマの魚介系はダメなんだ」
「なるほど。メニューが店主本位だから、こういう弊害が発生すると言いたい訳だ」
そんなつもりで言ったわけじゃないんだが、そう解釈するのか。
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