2017-11-11

[] #41-2「注文の多い客」

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そして、当日。

ランチの誘いだったのに、待ち合わせは朝からだった。

「ごめんね、週末の朝早くから最初の店は朝のみの経営から、どうしてもこの時間からじゃないとダメなんだ」

タイナイの言葉で引っかかったのは、その店のことよりも“最初の”という言葉だった。

まり複数件周ることを前提で語っているということだ。

この時点で嫌な予感が漂い始めていた。

「で、ここが目的の店、『竹やぶ焼けた』だ。第一印象はどう?」

「“どう?”って……注文どころか、まだ店の中に入ってすらいないのに何を言えってんだ」

「つまり特になし”……と、じゃあ中に入ろうか」

俺と弟は、タイナイに導かれるまま店の中へ。

はいーいらっしゃいー。3名さまね、好きなところ座ってー、すぐにおしぼりとお水持って来るから!」

店主らしき人が陽気に出迎えてくれた。

喋り方からして女性だと思われるが、イマイチ見た目で判別がつきにくい。

はい、お待たせ。水とおしぼりね」

「うん? この水……」

「分かる~? アセロラを絞ってみたの! ビタミンCたっぷり。なんとレモン数十個分なのよ。でも“レモン何個分”って今日権威が疑われる謳い文句から逆に伝わりづらいかもね。うふふ」

「はあ……あの……」

「あ、おしぼり冷たいほうがよかった? ごめんなさいね

「そうじゃなくて、メニューは?」

「日替わり一品しかいから、メニューは用意してないの。シェフの気まぐれよ! つまり私の気まぐれ!」

「……そうなんですか。ちなみに今日は?」

「『かなり毎週来た滝う油脂まり中』。上から読んでも下から読んでも『かなり毎週来た滝う油脂まり中』」

「は?」

メニュー名よ。じゃあ、なるべく早く、なるはやで持ってくるから待っててね」


タイナイは店主が厨房に向かうのを見届けると、俺たちに話しかけてきた。

「で、意見を聞きたいんだけど」

「いや、だから料理まだきてないだろ。何を言えってんだ」

「この時点でも言えることはいくらでもあるだろ。例えば店の内装とかの雰囲気とか、接客態度とか」

「まあ、そうだな……内装普通かな」

「ふむ、弟くんも」

「うん」

雰囲気特に言うことは……」

「それじゃあ何の参考にもならないよ。もう少し真面目にやってくれ」

そんなこと言われても、わざわざ口に出すほどの感想は俺にはなかった。

だがタイナイに奢ってもらう手前、ちょっと無理してでも捻り出さないと。

「えーと、そうだな。ちょっと照明がキツいような気がする。あとキツいといえばあの店主だな」

「あー、なるほど。弟くんはどう?」

「う~ん、悪い人ではないと思うけど……あまりお近づきになりたいタイプではないかな。ましてや朝とか特に

「ほうほう、なるほど。やっぱり二人を連れてきて正解だ。すごく参考になるよ」

タイナイがやたらと頷いているが、本当にこんなんでいいのだろうか。

俺は不安になってくるが、弟はというとタイナイの反応に気を良くして、どんどん意見を盛っていく。

「何というか、ところどころ洒落臭いよね。この出てきた水とかも、正直これだったら普通の水にして欲しい」

いいねもっとちょうだい」

メニューだってそうだ。何だよ、上から読んでも下から読んでも同じって。しか意味不明言語で、言葉遊びとしては酷い出来だ」

料理が出てきてからも、その勢いは更に増すばかりだ。

「あ、こっちの出し巻き卵は美味い。付け合せの漬け物はビミョーかな」

「ふむふむ、弟くんの率直な感想は参考になるよ。マスダは何かない? ほら、このカルパッチョとか」

「いや……俺、ナマの魚介系はダメなんだ」

「なるほど。メニューが店主本位だから、こういう弊害が発生すると言いたい訳だ」

そんなつもりで言ったわけじゃないんだが、そう解釈するのか。

その調子でやっていったら、いくらでも粗探しできてしまうぞ。

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