トリツカレ男を読んだ。すごくあたたかな内容の小説だった。大人の童話。短いのに充実感で胸がいっぱいです。
この小説はなんといっても、トリツカレ男ことジュゼッペの人となりが愛おしい。
ある一つのことに馬鹿みたいに熱中して、どんなことでもプロ顔負けの練度にまで達してしまうジュゼッペ。取り憑かれる事柄はどれもこれも奇想天外で、例えばオペラに、次には三段跳びに、その次には探偵ごっこに熱を上げてしまう。熱中する切っ掛けも馬鹿げていて、オペラならラジオで下手な芝居を聞いたから始まったのだし、三段跳びはバッタを見てたら突然衝き動かされてしまったのだという。
その上、どれもこれも違う熱中対象に出会ってしまうと、ぱたりとやめてしまう。三段跳びでは世界新記録を叩きだして全国大会まで駒を進めていたのに、大会当日になって探偵に取り憑かれてしまっていた。せっかく応援に駆けつけたのに、町の人々はまたかと苦笑することしかできない。
この取り憑かれは本人の意思に関係なく発生するようで、時と場合によっては周りの人がひどく迷惑することになる。オペラの時はところかまわず歌うもんだから周りの人は騒音に悩まされてしまうし、なぞなぞに取り憑かれてしまった時なんて、働いているレストランで客に謎かけをするもんだからものすごく疎まれてしまった。
取り憑かれは節操が無い。語学学習に熱中し、潮干狩りに熱中し、昆虫採集に熱中し、競歩に熱中する。使いもしないサングラスを収集し、誰も見たことがないくらい大きな雪だるま作りに性を出し、つなわたりを極めようとしてしまう。
代わる代わる、ある一つの物事にブレーキが壊れてしまった自転車のように突き進むもんだから、町の人は優しく呆れながらジュゼッペのことをトリツカレ男と呼んでいるのだ。
そんな素敵な素敵な彼がとある女性に取り憑かれてしまうのが本作なんだけど、火を見るより明らかな恋心がとても微笑ましい。相棒の人語を操るハツカネズミも皮肉屋だけど可愛らしい。物語の重要人物にあるタタン先生のエピソードでは思わず目頭が熱くなってしまった。
みんながみんな真っ直ぐで、お馬鹿で、一生懸命なのだ。最後まで読んで、この物語をぎゅっと両腕で抱きしめてあげたいような心地にさせられた。