好きな女性がいる。
いわゆる一目惚れだ。
自慢ではないが彼女を好きだという感情が揺らいだことはこの10年で一度もない。
いつ何時も彼女の姿を目にすれば胸は高鳴るし彼女の声を聞けば魂が潤いを取り戻すことがわかるのだ。
彼女を自分のものにしたい。そう願ったことがなかったわけではない。
初恋の人を覚えているだろうか。
憧れのその女性は、自分なんかの存在を意に介する事無くひたすらに無邪気だった。
恋とか愛とかなんて意味もよく知らなかった自分は、ただただ衝動的な感情に支配されるがままにその姿を眺めるだけが精一杯だ。
しかしそれで十分だったのだ。
幼いころに蝶を捕まえたことがある。
その美しさを独り占めしようと、乱暴に網を振り回していた。
ようやっとの思いで捕まえた蝶は、鱗粉で純白の網を汚し羽は脆くも綻んでしまっていた。
何匹捕まえようとも、自分にはきれいな姿を保ったまま捕らえる方法がわからないままだった。
それで悟ったのだ。蝶が美しいのは、誰に邪魔されるでもなく花から花へと自由気ままに舞い続けているからにほかならないのだということを。
同じように、自分が彼女を幸せにできないことは出会った瞬間にわかっていたのだ。
自分にはどうしたって彼女が自由に舞い遊ぶ姿を邪魔しない方法なんてないのだから。
もしかしたら他の人を好きになれば忘れられるのかもしれない。
誰かに幸せかと聞かれたなら一切の躊躇なくそうだと答えるだろう。
そんなことで自分の家族が少しでも幸せに疑いをもつなんてことは耐えられないのだ。
こんな自分のために家族になってくれたのだから、地獄に落ちようともその幸せを信じさせてやりたいのだ。
しかし、もし誰にも伝わる可能性がない中で聞かれるなら答えはノーだ。
いくら強がっていても、自分は彼女が欲しかったのだ。自分が欲しかったのは彼女だけだったのだ。
我が子がこの世で初めての鳴き声を上げた瞬間も、子どもたちが無償の愛を持って全身で飛んで抱きついてくる瞬間も、抱き上げようとする手が鱗粉でべっとりと汚れているような気がして躊躇してしまった。
それからもまるで心にぽっかりと黒い穴が口を開けているかのように、湧き上がる喜びは心を満たすことなくすぐさまその穴から流れでていってしまうのだった。
確かめたことなんてなくともその穴は地獄につながっているに違いないのだ。もう自分には落ちていく以外に道がないのだから。
家族は天国でそのことに気付くのだろうか。だとすればなんと非道い話だろう。
小説書いたら? 才能あるよ