数日前、朝の7時頃に電話が鳴った。まだ、こちらは布団でまどろんでいる時間。「また糞上司か?」と少し面倒臭がりながらも携帯を見ると、ディスプレイには「父」と表示されていた。
「県外に住んでいる父親から朝早くに電話がかかってきたこと」その意味は電話に出なくとも判った。緊張しながら電話を取る。「かあちゃん亡くなってもうたわ」と第一声から聞こえてきた。母親はしばらく前から入退院を繰り返し、医者からはいつ亡くなってもおかしくないと話を受けていた。できるだけ家で最後を迎えたいということで、今は実家にいるはずだった。父親は少し声が震えていたが、事実と事務的な事をこちらに手際よく伝えてきた。朝、母を起こそうと思ったら冷たくなっていたとらしい。こちらも会社での受け答えのように事務的に答えていたと思う。声が震えていたかは判らない。父親に何か声をかけようかと思ったが、俺の白い頭から何も出ず電話を切った。とにかく出来るだけ早く、実家に帰る。こちらにできることはそれだけだと思った。
できるだけ早く帰る。そう頭で思ったが、身体は動かなかった。今母と父は実家に二人暮らし。父が、母が亡くなっているのを見つけたという事実がすぐにある記憶を思い起こさせた。
俺が実家にいた頃、それもちょうど朝七時くらいだったろうか。俺が寝ている部屋に父親が入って来て「かあちゃんが起きん!」と言った。いつも父親は七時頃に母親を起こして介護の1日を始める。起きないとはどういうことだ、と俺は慌てて母の部屋に向かった。そしたら、普通に母親は身体を起こしていた。
俺「え?」
父「あれ、お前何で起き取るんや?」
母「起きちゃ悪いんかい」
父「いや揺さぶっても全然起きなかったから死んだかと思うたで」
母「勝手に殺すなや」
というちょっとした笑い話があったのだ。
俺は母が亡くなった報せを聞いたあとすぐにそれを思い出し、今日父親が朝起こそうとしたら母親が亡くなっていたという事実と重なりあった。
父親はまず普通に揺さぶっただろう。当然母は起きない。次には優しく声をかけたかもしれない。「朝やで。起きいや」と。でも、それでも起きない。次は強く揺さぶる。でも起きない。父親は何度も何度も、揺さぶったと思う。父親も以前、母親を強く揺さぶっても起きなかったことを覚えているだろうから。揺さぶればいつか母親が起きて「起きちゃ悪いんか」とまた悪態をついてくることを期待して何度も揺さぶったと思う。
でも最終的には気づいたと思う。もう起きないと。
このくだりは完全に俺の想像である。だが、間違ってないだろう。後で、父に聞いたところ、脈の確認はしなかったと言っていた。気が動転してそこまで気が回らなかったといっていたが、本当は死を確認するのが怖かったのかもしれない。
父親が亡くなった母を揺さぶる光景が頭にはっきりと浮かんで来て、早く実家に帰らないといけないという思いながらも、俺はしばらく動けなかった。布団の中で俺は少し声を上げて泣いてしまった。
疲れた。葬式は一昨日終わった。頭の中の整理がつかないから増田に一部始終を書いてやろうと思ったが、疲れた。近頃の若者は母の死の気持ちの整理をつけるために増田に書くのか、と怒られそうだな。
死は自宅で迎えたいという声は多いらしい。でもその死を見つける側にしてみれば大変な話だと痛感した、と少し教訓めいた言葉を残し、それっぽく文章を装飾して寝る。
お母さんさよならー。僕寝るよ。
お疲れさまでした。