2024-09-25

国語教育に対して不満があるところ

国語教育における小説文章では直接的な表現ではなく暗喩表現することが美徳とされている節がある。

評論文章なんかでも直接的な説明ではなく例えや遠回しな表現が何を指しているのか説明させるような問題が出される。

まり国語教育では直接表現を避けレトリック言い回しや少し考えさせるような暗喩的な表現を教え込まれる。

極論的に言うと日本国語教育で養われるのは「察してちゃん能力だ。

しかし実際の社会で好まれるのは直接的な文章だし、結論を先に出したり箇条書きにするなどでとにかく見やすくわかりやす文章を求められる。察してちゃん門前払いだ。

少なくとも義務教育の9年間で結論を先に述べる文章箇条書きで読み手にわかやす文章データや出典を適切に補った信憑性の高い文章という書き方は教わった記憶はない。

結局のところ義務教育で9年もかけて教えるもの社会で求められるもの正反対ということになるんじゃないか

国語教育では察してちゃんを量産するのではなく読みやすく伝わりやすい「役に立つ日本語」を教えるべきじゃないのか。

  • 伏見桃山六地蔵の民みたいなことゆうとるでじぶん あっこのひとらはクラクションと怒鳴り声で会話してくんねん

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