有名人の自殺や訃報に対して悲壮感や無念を抱くことが少なくなった。感覚が麻痺していくのが分かる。それが自分だけではないことも分かる。
タイミーやループもなかった時代の頃、処刑が一般人の娯楽だったという。逆賊や嫌われ者が首を跳ね落とされたその時の感情は、きっとストリーマーがACEを決めた時に似ている。
自分に孫が生まれる頃、その孫はパパとママを認識するより早くマイクロチップを手首に埋め込んで、インターネットで拡張される自意識の中性懲りもなく炎上した人間に怒りを燃やし、そのゴールをアカウントの凍結ではなく死亡に位置付けるだろう。
それを見た自分はレッドブルの缶に口をつけながら嘆き、これだから今の若者は。と緑色の液体を啜り上げる。
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