広々とした店内を歩いていると端の一角が何やら騒がしく、向かってみるとそこはペットショップだった。私はそこで一匹の黒猫と目が合い、愛くるしいその大きな瞳に瞬く間に魅了されていた。しかし値段はかわいくない。それでも買えない額じゃない。次の給料が出たらあの黒猫を引き取ろう。そう決心すると一時の別れを惜しみながらも黒猫に声をかけ、そして何度も振り返りながら店を出た。
私はがむしゃらに働いた。働くことは好きではないし、これといって趣味はなかった。その癖、稼いだお金は使わなければと強迫観念に苛まれ、これまでブランド品やら心踊らない小旅行に繰り出し、写真を撮っては満足したふりをしていたのかもしれない。そろそろ全てが馬鹿らしく思い始めたれ矢先のことだったのだ。私が、あの子と出合ったのは。
心の底からこれほどまで本当に「欲しい!」と思えたのは初めてのことかもしれない。そうだ。私はあの子を引き取るために働いているのだ。そう思うと仕事にも熱が入り、労働はこれまでにないほど充実して感じられた。
毎日があっという間に過ぎていき、次の給料日まであと少し!となれば思いは日に日に集っていった。そうだ!家に迎えるにあたり、準備をしておこう。そう決めた私はネットで必要なものを調べ、猫用トイレ、ご飯とお水用の容器、ノミ避けの首輪、猫用の遊び道具、キャットタワー、爪研ぎ用のタワー等を購入し、家のなかに設置した。あとはあの黒猫ちゃんを迎えるだけだった。
待ちに待った給料日になると私は仕事帰り、すぐさま例のホームセンターへ向かった。前日は興奮してよく眠れず、店内に入ると早足で角のペットショップに向かい、黒猫ちゃんを探した。
…いない。見間違えかと思った。しかし記憶の限りではここのスペースにいたはずだ。しかし今は見知らぬ猫がいた。私は他も隈無く探した。それでも見つからず、とうとう店員に尋ねると「ああ、その子なら先日」私はそこで聞くのをやめて店員から離れ、すぐに店を出た。車に乗ると項垂れ、喘ぐように叫び、ハンドルを何度か殴った。それからゆっくり家まで帰り、なかに入ると真新しいキャットタワーが出迎えた。全く使われていない容器も、爪研ぎタワーも、燃えるごみにしまいながら私は耳を澄ませた。
家のなかは途方もなく静かだった。