僕はここ7年くらいは自分のことをノンバイナリーだと心のうちでは自認しているけど、身体が男性で、周りの人から男性として扱われることをある程度受け入れている。誰かといる時には男性として生きていることになると思う。
身体的な性別に基づいて区別される場面で男性を選択することは自分にとっては苦ではないが、文化的社会的側面で男性性に過剰な適応をするつもりがないし、身体的にも社会的にも女性であろうという意思もない。(そもそも男というヒトや女というヒトはいるわけではなく、カテゴリーにすぎない)
性対象は男性だけど肉体的欲望と精神的欲望の統合ができていないので不安定。
最近は性的指向を少しずつオープンにしているけど、次の環境でもそうするかはわからないし、ひっくるめて合意してもらった女性と結婚する、というパターンを(これまでは否定していたけど)選ぶ可能性も大きい。親が多分そうというのもあるし。
新しく知り合った人と話すたびに、この人にはどういうテイで話を進めようかなって考えるコストがめんどくさいけど、むこうもこの人はこういう人だったっていちいち思い出すのめんどくさいのかな 出身地とか所属とか思い出すのに1個増えるだけだと思うけど だめだ人の気持ちになりきれないな