こういうことを書いたんだけど、どこが事実でどこが感情か分かりづらいだろうから解説するね。
まず、「こういう結論にしかならない」のは単なる事実。私がどんなに優しい言葉をかけたとしても、論理的帰結としては「現状の議論のまま進むなら、対人性愛はいずれ淘汰される」のは必然であって、私や非対人性愛者の感情が入り込むまでもなく、そうならざるを得ないだろう。
ただ、一般論として、「何のフォローもなく事実を指摘する」ことそれ自体には間違いなく政治性がある。その意味では、この議論において私の感情によるところも少なからずある。だからそこを少しでもフラットにするために、「対人性愛のセクシュアリティについて議論する方針も有り得るのではないか?」と提案している。これは一方的な善意であって、揶揄を目的としている訳でも何でもない。
荻野さんのツイートの趣旨はここまでだが、私はそこに「でもそういう優しさにすら反応無いじゃん」という恨み節を込めているので、そこは100%私の下らない感情。
https://twitter.com/ogi_fuji_npo/status/1387758116045918208 「実害を差し引いても、対人性愛というセクシュアリティもまた守られなければならない領域がある」という議題を掲げるのであれば議論の...
anond:20210430150007 anond:20210430152129 こういうことを書いたんだけど、どこが事実でどこが感情か分かりづらいだろうから解説するね。 まず、「こういう結論にしかならない」のは単なる事実...