「月100万あげるから結婚してよ。ここへは月一来てくれたらいいから」
守るべき経歴もお金も貞操もない若い女は、簡単に婚姻届けにサインした
まさか本当に結婚するとも、本当にお金をもらえるとも思ってなかった
妻となってから老人は女に、妻らしいことを求めた
老人を敬い世話をすること、家庭のまねごとをして見せること、夜の相手を努めること
お金をもらえるならやってもよかったけれど、妻としてそれをやれ、と言われるのは息苦しく感じた
もともと愛情なんてなかったのだ
そんなので夫婦生活がうまくいくはずもなく、老人は不満を募らせ始めた
離婚する、とも言われた
結婚したいと言ったのはそっちだろう
金をやるから夜の仕事をやめろと言い、立派なマンションに引っ越させたのはそっちだろう
今更金をやらないなどと言われては困る
別れるならそれなりのことをしてもらわなきゃ暮らせない
そんなある日、老人の家を訪ねた夜、彼は死んだ
しまった、と思った
老人のお金に集まっているのは女だけではない
いま死んだらどうやっても女が疑われる
女は老人に恨みをもつ時間すらなかったが、長く関わった者たちはそうではないだろう
女は家政婦に言った
「私が疑われることになるんでしょうか?」
「奥様が殺したのではないのですか?」
「私じゃないです」
「それなら私も疑われるじゃないですか」
私たちは、はめられたのだと
ああ、これはもう駄目なのだと悟った
新婚なのに悲しそうな顔一つしないのか、と言う者もあった
あの女はおかしい、と女に聞こえるように話す者もいた
誰もが老人の遺産を気にしていた
女は気付いた
本当にお金なんて貰えると思ってなかった女を、老人は愛した
妻となった女は老人を見ていなかった
その夜、女は初めて涙を流した