つまりそれは、物事を敵か味方でしか取られられない認知の歪みが、エッセイ漫画の形をとったときに現れただけ。
内田春菊「私たちは繁殖している」というエッセイ漫画がある。「南くんの恋人」でよく知られる漫画家・内田春菊が自身の生活について描いたエッセイだ。
これにいわゆる「理解のある彼くん」が出てくる。何度も。
20年以上続く連載の中では、結婚や出産、離婚などの出来事が綴られている。
結婚だけで3回。新しい彼氏ができたり、再婚したりすると、その姿は「理解のある彼くん」として語られることがある。
「前の旦那(彼氏)はとんでもないDV野郎だったけど、新しい彼は穏やかで優しくて理解がある」
しかしそのDV野郎も、新しい彼だったときは理解のある彼くんだったはずだ。
自分以外の読者がどう受け止めているかはわからないけど(恋は盲目?あばたもエクボ?)、これは単に物事を白か黒かで考えていることの表出にすぎないのだと思う。
Twitterで回ってくる漫画を読むのは一瞬だ。同じ作者が数十年描き続けることもないだろう。
だけど同じ作者の描くものをずっと読み続けていけば、どこかで反転して、味方だった彼くんが敵として描かれるときが訪れるはずだ。
おそらく本人に会えば、まあまあやさしくてそこそこ気が利いて、たまに無神経でだらしないところもある、ごく普通の男性に出会える。