競技プログラミングは、プログラミングの技術とは何の関係もないです。あれは、「巧いやり方があることが分かっている問題を、制限時間内に手際良く解けるか」を試しているに過ぎません。
受験競争の激しいアジア圏に固有の特徴なのでしょうか。そういった「問題解きの上手さ」を「賢さ」だとか「地頭の良さ」だと思う人が多く存在するようです。小学校受験や中学校受験などが盛んなのも、その表れでしょう。
アルゴリズムを学びたいのであれば、アルゴリズムの本を読めば良い話です。たとえば、
は、世界的に有名な計算機科学の教科書で、基本的なアルゴリズムとその計算量等の性質を丁寧に解説しています。
これは少し考えれば納得できるはずです。たとえば、社会人になって英語を再学習したいと思ったとき、わざわざ大学の入試問題を解こうと思う人はいないでしょう。普通に、英語圏で書かれた文章を読んだり、自分でも書いたりすればいいです。
そうは言ってもfizzbuzz分からんって言われたらえーって思いませんか?
入社試験でセンター試験の英語を課せばアルファベットの分からんアホは蹴れるかも知れませんが、結局、そういうコストをかけても有能な人材を選抜できないなら意味ないですよね?
そもそもプログラミングは大体の場合「何らかの問題を解決する」ためにすることでは?
「プログラミングは何らかの問題を解決するから、問題解きは役に立つ」という論理が成り立つのなら、思考を要する職業はすべて哲学専攻から採用すればよろしいと思います。
「当たり前の部分がさっさとできる」って重要な基礎だと思うけどね
競技プログラミングは「プログラミングの基礎」ではありません。ただのパズルです。
ちょっとかじってから言ってるのか やってもいないのに言ってるのか 結構やり込んでから言ってるのか どれだろう