くも膜下を発症後、リハビリ病棟を経て施設に入ることになった母を面会に行った。
いつも同じだ。
母は自分の顔を見ると、西日の当たる部屋で演説でもするように話し始める。
私はここに一生いることに決めた。帰るとあなたに迷惑を掛けるから。
今すぐ家に帰りたい。ここはもう嫌、病気は治ったのになぜこんなところにいなきゃいけないの。
そのどちらかだ。
会話なんてない。こちらの話に耳を貸さず、一方的にいつまでも話し続ける。
どうして私はここにいるの、どこがおかしいの?もう歩けるようになったでしょ。ねえなんでなの、いつまでここにいなきゃいけないの?
そんなに私と暮らすのが嫌なの?言ってみなさいよ。
そう食い下がってくる。
そう言うと目を見開いて「ひどい」と言った。
もう限界だった。
延々続く母の話の途中で席を立つと、階下へと続くエレベーターまで追って来た。
降りなよ、と腕をつかもうとするとすごい力で押し返された。
「ここは嫌なのよ、どうしてわからないの」
10分近い押し問答の末、施設のスタッフが説得してくれてなんとか母は部屋に戻って言った。
家に帰ってから姉にラインで愚痴ると「お父さんの三周忌どうする?母さん呼ぶのやめようか」と返事が帰って来た。
どうしよう。
面会からの帰り道、もう面会に来るのはやめようかとまで思ったのに、どうしても「そうだね」と言えない。
迷っていると、姉が「増田が呼びたいなら私は協力するよ」と言ってくれた。
母の面会に行った日はいつも腕が痛い。
本を大量に持っていくからだ。
母は「本を持って来て」と言うけど読んでいる気配はない。
母が読んだ本、というよりも読もうとした本はすぐにわかる。カバーが外れているから。
今の所外れているのは一冊だけだ。
今日も宮部みゆきの最新刊を持って行ったのに、言い争う間、本はベッドの上に投げ出されたままだった。
ただ次の用事を言いつけられるだけだ。
もう自分の知っている母はとっくにいないのかもしれない。
面会に行った後はいつも腕が痛い。