2020-02-29

腕が痛い

くも膜下を発症後、リハビリ病棟を経て施設に入ることになった母を面会に行った。

いつも同じだ。

母は自分の顔を見ると、西日の当たる部屋で演説でもするように話し始める。

私はここに一生いることに決めた。帰るとあなた迷惑を掛けるから

今すぐ家に帰りたい。ここはもう嫌、病気は治ったのになぜこんなところにいなきゃいけないの。

そのどちらかだ。

会話なんてない。こちらの話に耳を貸さず、一方的いつまでも話し続ける。


今日は帰りたいモードだった。

どうして私はここにいるの、どこがおかしいの?もう歩けるようになったでしょ。ねえなんでなの、いつまでここにいなきゃいけないの?

そんなに私と暮らすのが嫌なの?言ってみなさいよ。

そう食い下がってくる。

頭がおかしいからだよ。

そう言うと目を見開いて「ひどい」と言った。

もう限界だった。

延々続く母の話の途中で席を立つと、階下へと続くエレベーターまで追って来た。

降りなよ、と腕をつかもうとするとすごい力で押し返された。

「ここは嫌なのよ、どうしてわからないの」

10分近い押し問答の末、施設スタッフが説得してくれてなんとか母は部屋に戻って言った。


家に帰ってから姉にライン愚痴ると「お父さんの三周忌どうする?母さん呼ぶのやめようか」と返事が帰って来た。

どうしよう。

面会からの帰り道、もう面会に来るのはやめようかとまで思ったのに、どうしても「そうだね」と言えない。

迷っていると、姉が「増田が呼びたいなら私は協力するよ」と言ってくれた。

ありがとう菩薩のような姉だ。


母の面会に行った日はいつも腕が痛い。

本を大量に持っていくからだ。

母は「本を持って来て」と言うけど読んでいる気配はない。

母が読んだ本、というよりも読もうとした本はすぐにわかる。カバーが外れているから。

今の所外れているのは一冊だけだ。

今日宮部みゆき最新刊を持って行ったのに、言い争う間、本はベッドの上に投げ出されたままだった。

本を持って行って感謝されたことなんてない。

面会に行ってありがとうと言われたこともない。

ただ次の用事を言いつけられるだけだ。

もう自分の知っている母はとっくにいないのかもしれない。


面会に行った後はいつも腕が痛い。

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