2019-11-04

ありふれた悲劇で心が折れてしまった

数か月前、母が亡くなった。

肺がんだった。一般的に見て早すぎる死だったと思う。

なんで今頃こんなものを書くかと言えば、突然母宛に電話がかかってきたかである

母の使っていた銀行より保険の案内であった。

電話の先の相手もこんなことを話しても困るだけであろうが、母が亡くなった旨を伝えた。

変に気を使わせてしまった。

そして電話が終わるとどうにも色々と思い出してしまった。

母は5年前にがんが発覚し、闘病の末奇跡は起きずただ亡くなった。

ありふれた悲劇である

残念ながら先進医療を試せるような経済的な余裕もなかった。

それでも経済的には余裕がなかった。母の老後の為の資金は完全に尽きていたし、自分自身今も100万ほど借金を抱えている。

しかしもう少し無理をすればもう200万くらいは調達できたかもしれないし、それでなんかしらの医療なり、

もしくは悔いの残らないようどこか母の行きたい所に連れて行くなりはできたかもしれない。

悔いが残る。

母はタバコも吸わなければ、酒もたまにしか飲まない。家族でも一番健康に気を遣う人だった。

しかしがんになった。酒もタバコもやる父がならずに母がなったのは本人が一番納得がいっていなかったと思う。

もう納骨も済んでいるし、いい加減いい年なのだし踏ん切りをつけるべきなのはわかってはいるがどうにもならない。

なんてったってありふれた悲劇である

もっとつらい目に合ってる人はいるのだからと色々な人に言われたし、実際そうなのだと思う。

しかし日に日にボロボロになっていく母、ギリギリ経済状況、荒んでいく生活

同意はしてもらえないとは思うが、これはこれで堪えるものがある。

いやしかしありふれた悲劇ではある。

おそらくこの地球上で何万とあるような悲劇

しかし心が折れてしまった。

最近はどうにも酒とタバコに手が伸びてしまう。

健康にはよくないだろうが、しかしもう分からない。何も分からない。

この荒んだ数年でかなりの友人を無くしてしまった。

もうなにもわからない。

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