理系や文系でも近代経済学あたりは、データだ統計だ数式だって、素人がそうそう反論できない(数字を読むのに勉強が要るし、勉強せずに反論したら非科学的とバカにされるかもと怯ませる)エビデンスを出せるからいいんだけど、人文系はそういうエビデンスを出せないから、大学教授はじめ文化人が言論を独占できた時代は一方的な言いっ放しで良かったんだけど、ネットのせいで「普通の人」が「お前らの言ってること所詮証拠の無いお気持ちじゃない」(この意見自体もお気持ち)と反論し始めて、お気持ち合戦に持ち込まれて数で敗北し続けてる。
などと何のエビデンスも無い事を言ってみる。
きみが強烈にバカなのは、「普通の人」とかが「エビデンス」とかで黙ると思っているところだね
毎回思うけど、エビデンスが無ければ客観的でないとかいうバカ特有の妄想は何なの カントやヘーゲルの著作は追実験が出来ないし数字データがないから根拠がなくてお気持ち学問なの...
カニだけど、物証なくては客観的でないだろ カントもヘーゲルも論理的だけど客観的ではない 数学を自然主義に含む立場でも、数学を客観的とは表現しないんじゃないか? バカ相手に...
そもそも客観的って何?人間には主観しかないのに客観をわざわざ装う必要性は?そして客観的なら説得力があるという誤謬はどこから出てきたの?
(ノO`)アチャー ドジでなく真性だったかー
ポモがこういう揚げ足取りばかりするから人文知が壊滅したんだよなあ。自滅というか。 客観性は「誰がやっても同じことしたら同じ結果になる」要するに再現可能性を示せるかで判定...
ゲーム日記だけ書いていれば