仏教には三毒六煩悩と言って、これがあると苦しむというのがある。
貪瞋痴慢疑邪見、怒り、欲望、迷い、自惚れ、疑い、刺激物を見る
不安は「疑」だね。毒までいかないが、過剰になるとやっぱり苦しめる。
苦しむと、それにとらわれて、事実を見れなくなる。
不安に囚われまくってる奴は、それが故に不幸になる。
ポジティブな人とネガティブな人に、新聞中の画像の数をカウントしろというテストをさせた。
だけど、実は、その途中のページにでかでかと「テストをやめてください。画像の数は何枚です。試験官に報告してください」と書いてあった。
ポジティブな人のほうがそれを見つけて報告しに行く率が高かった。ネガティブな人はそれに気づかなかった。
過度な不安は眼を曇らせ、チャンスに気づかなくさせる。
だけど、新興宗教は霊感商法であることが非常に多く、それはありもしない不安を煽るものであることが多い。
でも、不安にまみれているのは快感でもあるんだよね。だから、不幸な自分に酔って、依存させる。それが霊感商法。
いわゆる勝ち組にはそうでない人のいろんなことに対する認識が欠けてるなんてよくあることだよ、かなり真面目は話。
仏教には三毒六煩悩と言って、これがあると苦しむというのがある。 貪瞋痴慢疑邪見、怒り、欲望、迷い、自惚れ、疑い、刺激物を見る 不安は「疑」だね。毒までいかないが、過剰に...
だけど、実は、その途中のページにでかでかと「テストをやめてください。画像の数は何枚です。試験官に報告してください」と書いてあった。 ポジティブな人のほうがそれを見つけ...
ポジティブな人は「あ、これが答えなんだ! ラッキー!」と思いそうだし、 ネガティブな人は「これは罠じゃないか? 信じて報告するのは間違いでは?」と思いそう。
そもそも気づきもしなかった。んだよ。 かりに、疑ってやるにしても、過度の不安でチャンスをつぶすということだ。 だから過度の不安にとらわれるというのは害悪だ。 そして、新興...
俺は答えが書いてあっても画像数える派だけど、「俺のやり方が正しい」とまで主張はしないかな… 「あー、やっぱそっちかー」 感じ。