祖母が亡くなってからは一年に一回、正月に会うくらいになっていた。
母は自由に生きてきた人で、昔はよく振り回されたしこちらもそれなりに迷惑をかけたりしてきた。
兄弟もいるが今日久しぶりに2人きりで会った。2人きりで話すのはもう何年振りかという感じで、せっかくだから色んな事を話しておこうと思った。
今の自分のことをできるだけ素直に話そうと思っていた。仕事が順調ではない事、将来についての不安がある事、自分以外の家族はみんな仲良さそうでそれがうらやましい、そういう事をねえお母さん、と隠さず言おうと思った。でもそれができなかった。
話せば話そうとするほど、まるで会社の同僚相手みたいに、時には客先に話すような丁寧さで、本音とはほど遠い当たり障りのない話し方をしてしまう。「どうもなかなかね…」それくらいが精一杯だった。もっとちゃんと甘えたかった。グチをこぼすなり、虚勢をはるなり、それもできなかった。
結局なんの話をしてたのかよく覚えていない。思えば昔はこんな事をやりたいと思ってるとか、今こんな人と付き合ってるとか、こちらが気持ちよく話せる材料が多かった。母も嬉しそうだった。
適当な事をベラベラと話してる間、子供の頃を思い出していた。この人が自分を産んだのだな。諦めていることがわかる。もう自分はなんの期待もされていない。ただ健康で生きていくようにと想ってくれている。母もできた母とはいえなかったと思っている。僕も良い子供ではなかったと思っている。
卑屈さが顔に出てしまいそうで、顔が直視できなかった。自分も中年だ。母もすっかりお婆さんぽい。
ただひとつだけ買い物をした袋が重そうだったので持ってあげたらとても嬉しそうだった、それだけが救いだった。
今まで母を喜ばせたいと思った事は一度もなかった。全て自分のためだけに生きてきて、それが母を喜ばせていた。でもそういうのはもうないんだな。生きてるよ、くらいしか見せてあげられない。
最後に「おかあさんごめんね、色々」と言おうかと思ったけど、謝るにはまだ早いよなとそれだけは堪えた。