勉強するたびに、私はなにか別のものになっていく恐怖と戦わなければならなかった
勉強をするたびに、私が勉強する前の自分の考えを受け入れられなくなってしまうことが嫌だった
あのころは若かった、幼かった、ものを知らなかったという言葉で過去の自分の振る舞いを否定することになるのは耐えられなかった
それには誰も子どもの私を肯定してくれなかったという実感が大きく関わっているように思う
自分で過去の自分のことを肯定できなくなってしまったら、どうして今の自分が存在できるだろうか?
だから私はペンを握るたびに、ページをめくるたびに、シュレッダーにかけられる思いを伴わなければ新しい考え方を身につけることができなかった
成長とはなにか空疎で対外的な自己を肥大化させていくことだった
そのような感覚を初めからもちあわせていなさそうな人たちは周りに沢山いた
彼らはしあわせと未来に愛されているように見えても空の器であるように私には感じられた
自ら進んで何かになっていく彼らに人間の精神が内在していると信じることは難しかった
わたしは彼らのようになっていくことが恐ろしくて勉強することができなくなった
それでも、認識は常に少しずつ私を変身させている
言葉と思考が存在する毎日によって私は少しずつ違う何かになっていく
あるとき私はすっかり自分の認識を入れ替えてしまって、かつてそのように考えていたことも感覚のレベルで理解不能になってしまう
どうして恐れる必要なんてあっただろう?