田舎はまだ無い。
都会で生まれ都会で学び都会で働いてきた。
私の人生を走馬灯のように振り返った時、田舎の風景が映るのは家族や学校行事で遠出をした時だけである。
それでも私には田舎への懐かしさがある。
広がる田園風景の中に木造家屋がチラホラと見えるだけの人口密度の極めて低い通学路。
そういった光景を見ると懐かしさがこみ上げ、望郷と呼べるような感情が胸の内側からゆらりと吹き出してくる。
何故だろう。
私は田舎を持っていない。
それでも私は田舎に懐かしさを感じる。
テレビや映画の世界で田舎を見ると、自分もそういった何にもない世界から本数の少ない電車を乗り継いでここまでやってきたかのように錯覚する。
不思議だ。
故郷を思う時、心に浮かぶのは、自分が過ごしてきた都会の景色よりむしろ、そうやってメディアによって植え付けられた田舎像なのだ。