数年前、契約社員としてとある工場に勤務する事になったのですが、Sさんも同じ日からの勤務で、初日から会話する機会も多く、Sさんのお陰で人間関係の面で不安な部分は少なくなったのが今思い出せば良かった事でした。
人見知りがちな僕に比べてSさんは社交性もあり、休憩時間も他の社員さんたちにすぐに溶け込んで楽しそうな印象でした。正確に言うと楽しそうではなくて浮かれている感じでした。数年前と言えば不景気真っ只中で、Sさんも苦労してやっとこの仕事に就けたのかな?と思ったりもしながら見ていたのですが、Sさんの浮かれっぷりは数日と言わず数週間続きました。
次第に僕も「ああこういう人なんだな」というのが分かってきたものです。
Sさんは人に面白い話を披露しているように見えて実はありきたりの事を言う名人でした。あまりにありきたりで当時Sさんが何を話していたか忘れてしまったのですが、例えると「右利きの人は箸を右で持つ」レベルの話をさも人類の新たな秘密を発見したかのような口ぶりで話すという稀有な能力の持ち主で、そのため休み時間にSさんの話を聞かされるAさんは、Sさんが席を立つと毎度うんざりした表情を見せていました。
もう一つSさんと知り合った当初に印象に残ったのが、「契約社員だから危ない仕事は拒否すればいい」と僕にアドバイスをくれた事で、僕としては話を聞きつつも「そうは言ってられないよなぁ」と思っていたものです。
そんなある日Sさんは急に早退をします。周囲の話を聞くと作業中ギックリ腰になったようですが、人によっては「あれは嘘だ」と言っていてなんとも良く分からない状態でした。それからSさんはギックリ腰が原因で比較的作業が楽な別の部署に異動となりました。
その話題の時に改めてSさんのギックリ腰の事を別の人に聞くと、どうやらSさんがギックリ腰になる数日前に作業している部署で頭から水を浴びせられていたらしく(勿論水を浴びせた側は過失を装ってですが)、その近くには毎日Sさんの話を聞かされてうんざりしていたAさんが笑っていたとの事でした。Sさんは以前に僕にアドバイスしたようになんらかの仕事を拒否していたようで、Sさんに仕事を教えていたBさんが頭にきて水をかけたのでは?との事でした。Aさんは多分Bさんから何をするのか知らされていてその場にいたようです。
部署の異動であれからほとんど交流がなくなったSさんですが、彼がいつ頃まであの会社で働いていたのか少し気になったものでした。