インスパイヤ元 - アニオタが非オタの彼女にアニメ世界を軽く紹介するための10本
まあ、どのくらいの数のアートアニメオタがそういう彼女をゲットできるかは別にして、
「アートアニメオタではまったくないんだが、しかし自分のオタ趣味を肯定的に黙認してくれて、その上で全く知らないアートアニメの世界とはなんなのか、ちょっとだけ好奇心持ってる」
ような、ヲタの都合のいい妄想の中に出てきそうな彼女に、アートアニメのことを紹介するために見せるべき10本を選んでみたいのだけれど。
(要は「脱オタクファッションガイド」の正反対版だな。彼女にアートアニメを布教するのではなく相互のコミュニケーションの入口として)
あくまで「入口」なので、時間的に過大な負担を伴うような2時間アニメは避けたい。
できれば15分、長くても1時間にとどめたい。あと、いくらアートアニメ的に基礎といっても古びを感じすぎるものは避けたい。映画好きが『くもとちゅうりっぷ(1939年)』は外せないと言っても、それはちょっとさすがになあ、と思う。
そういう感じ。
彼女の設定は
アートアニメ知識はいわゆる「テレビまんが」的なものを除けば、ジブリ劇場用アニメ程度は見ている
サブカル度も低いが、頭はけっこう良い
という条件で。
まあ、いきなりここかよとも思うけれど、「ハリーハウゼン以前」を濃縮しきっていて、「ハリーハウゼン以後」を決定づけたという点では外せないんだよなあ。長さもちょうど良いし。
ただ、ここでオタトーク全開にしてしまうと、彼女との関係が崩れるかも。
この情報過多な作品について、どれだけさらりと、嫌味にならず濃すぎず、それでいて必要最小限の情報を彼女に伝えられるかということは、オタ側の「真のコミュニケーション能力」の試験としてはいいタスクだろうと思う。
アレって典型的な「オタクが考える一般人に受け入れられそうなアニメ(そうオタクが思い込んでいるだけ。実際は全然受け入れられない)」そのもの
という意見には半分賛成・半分反対なのだけれど、それを彼女にぶつけて確かめてみるには一番よさそうな素材なんじゃないのかな。「アートアニメオタとしてはこの二つは“映画”としていいと思うんだけど、率直に言ってどう?」って。
ある種のSFアニメオタが持ってる宇宙への憧憬と、JAXA監修のオタ的な考証へのこだわりを彼女に紹介するという意味ではいいなと思うのと、それに加えていかにもメリエスな
の彼らをはじめとして、オタ好きのするキャラを世界にちりばめているのが、紹介してみたい理由。
たぶんこれを見た彼女は「椅子のデザイナーだよね」と言ってくれるかもしれないが、そこが狙いといえば狙い。
この系譜の作品がその後続いていないこと、これがアメリカでは大人気になったこと、アメリカならCGになって、それが日本に輸入されてもおかしくはなさそうなのに、日本国内でこういうのがつくられないこと、なんかを非オタ彼女と話してみたいかな、という妄想的願望。
「やっぱりアニメは子供のためのものだよね」という話になったときに、そこで選ぶのは「話の話」、「頭山」でもいいのだけれど、そこでこっちを選んだのは、この作品にかけるバルタの思いが好きだから。
断腸の思いで削りに削ってそれでも55分、っていう尺が、どうしても俺の心をつかんでしまうのは、その「捨てる」ということへの諦めきれなさがいかにもオタ的だなあと思えてしまうから。
笛吹き男の長さを俺自身は冗長とは思わないし、もう削れないだろうとは思うけれど、一方でこれがトルンカやゼマンだったらきっちり20分にしてしまうだろうとも思う。
なのに、各所に頭下げて迷惑かけて55分を作ってしまう、というあたり、どうしても「自分の物語を形作ってきたものが捨てられないオタク」としては、たとえバルタがそういうキャラでなかったとしても、親近感を禁じ得ない。作品自体の高評価と合わせて、そんなことを彼女に話してみたい。
今の若年層でマッケイ見たことのある人はそんなにいないと思うのだけれど、だから紹介してみたい。
昭和よりも前の大正時代の段階で、ジャーナリズムの哲学とかアニメ技法とかはこの作品で頂点に達していたとも言えて、こういうクオリティの作品が1枚1枚 紙で描かれて作られていたんだよ、というのは、別に俺自身がなんらそこに貢献してなくとも、なんとなくアートアニメ好きとしては不思議に誇らしいし、いわゆるセルとかCGで作られたアニメしか知らない彼女には見せてあげたいなと思う。
ヤンの「目」あるいは「絵づくり」をオタとして教えたい、というお節介焼きから見せる、ということではなくて。
「終わらない罠を毎日生きる」的な感覚がオタには共通してあるのかなということを感じていて、だからこそ『死刑執行中脱獄進行中』は「部屋」以外ではあり得なかったとも思う。
「何者かに仕組められた罠から逃れられない」というオタの感覚が今日さらに強まっているとするなら、その「オタクの気分」の源は「部屋」にあったんじゃないか、という、そんな理屈はかけらも口にせずに、単純に楽しんでもらえるかどうかを見てみたい。
これは地雷だよなあ。地雷が火を噴くか否か、そこのスリルを味わってみたいなあ。
こういう難解小説風味の内容をこういうかたちでアニメ化して、それが非オタに受け入れられるか、気持ち悪さを誘発するか、というのを見てみたい。
9本まではあっさり決まったんだけど10本目は空白でもいいかな、などと思いつつ、便宜的にハルヒを選んだ。
ハリーハウゼンから始まってハルヒで終わるのもそれなりに収まりはいいだろうし、YouTube以降のアニメ時代の先駆けとなった作品でもあるし、紹介する価値はあるのだろうけど、もっと他にいい作品がありそうな気もする。
というわけで、俺のこういう意図にそって、もっといい10本目はこんなのどうよ、というのがあったら教えてください。
「駄目だこの増田は。俺がちゃんとしたリストを作ってやる」というのは大歓迎。ズビグニュー・リプチンスキの「タンゴ」が入ってないのはおかしい!とかね。
こういう試みそのものに関する意見も聞けたら嬉しい。
追記
そうすると年収高い自分がもっと際立つから。
貧乏人が増えて世の中の雰囲気が悪くなっても、自分はマンションの最上階とか別荘で優雅に暮らすからいい。
不愉快な人が多いスーパーに行かなくてもいいように買い物も宅配ですます。
あとガソリンももっと上がってほしいよ。
馬鹿に車を与えるなって海原がいっていたけれどホントそのとおりよ。
この手の問題って
その技術が
たとえば事故を起こした場合
が紙面やテレビを覆ってしまうことが問題じゃぁないのかなぁ
その前提として
国民が国を運営していくために何が必要で、どの程度のリスクをとることが必要なのか
を理解していない。いや、理解できないのは仕方がないにしても、理解しようとすらせず
政治家にもそれを求めないことがあって。それが諸悪の根源な気がする。
なんか、フラットに判断ができないんだよね。
たとえば防衛の問題だって、国民がきちんと必要性を理解していて、
こういうことをやりたいのでこういう装備がほしいとちゃんと言える状況であれば
ブローカー的な立ち居地の人はいる理由がなくなるよね。
なんでこのひとこんなに偉そうなんですか?
というかなんでこんなにキモいのにハイカーの皆さんはスルーしないで絡むんですか?
なんか偉い人で誰も文句言えないんですか?
それとも裸の王様なんですか?
両方向からはいれるようになっている自動改札がある。
混んだ電車から人が一斉に降りてくると、改札あたりが込み合う。そんなときにこの両方向自動改札の近くでぼうっとして改札に入らないようにふりをする。定期や切符をもった手は向こうから見えないように隠す。降りた人たちが改札に近づいたらみんなが改札に入る直前を見計らって、こちらから改札に入る。みないきなり目の前の改札が使えなくなって一瞬あわてる。しかも悔しそうな表情。
そして自分は涼しい顔をしてゆっくりと改札を通過。
下着って…それ本当に下着なのかな。キャミソールの紐じゃないのかな。見せブラの紐がちらっと出てたことはあるかもしれない。(私はおとなしめのお嬢さん系の格好が多い)
逆の立場で考えてみてください。男性サラリーマンのパンツがチラリしていたり、シャツをズボンに入れず放り出していたり、シャツ下の下着を着ずに透け乳首になっていたり、逆に下着シャツがハミだしていたり、…。そういうことがあると、女性も不快に思いませんか?
つまりはそういうことです。女性から、女性同士で見れば、「見せパン」「見せヒモ」「キャミソールファッション」という「ファッション」かもしれませんが、見る人によっては平然と下着を放り出してきている不快な恰好なのです。そういう視点も、想像してみてください。
自分の地域では一年だけ勤務の人は産休の代理くらいしかいないから臨時が誰かは聞かなくてもわかったけど、全国にそんなにたくさんいるの?。
僕も臨時採用です。
今務めている県は同じ学校に2年、というルールがあるようで、2年ごとに職場を変わっています。
この臨採という立場は教育行政にとっては非常に都合のいいもので、正規の教員を退職するまで雇うよりは、足りないところにちょっと配置、といった感じです。
「足りないところに配置」といってもちょっとおかしなこともあって、それが「定数内講師」とか「定数内臨時採用」ってやつ。
学校のクラス数、規模によって教員数は決められるわけですが、その教員数に臨採も含まれる。
毎年毎年多くの臨時採用を雇うならその半分でも正規教員に採用してよ、とも思うのですが、子どもが減り続ける今、それも出来ないんだろうな、と思います。
1年ごとの契約になるので、同じ学校に2年勤める場合でも、3月31日で一旦退職します。そしてまた4月2日から採用となります。この1日の空白期間が給料、ボーナスに大きな差をもたらします。
せめて給料体系でも同じにしてほしいなあ。
吉野家でメシ食ってた時の話。
若いにーちゃんの四人組が入ってきてカウンターに座る。ある一人の店員がまずは両手で水を2つ持ってくる。その時点で水を置かれなかった一人のにーちゃんが「おい俺には水持ってこねえのかよ」と店員に言った。店員は「すぐお持ちします」と答えて水を取りにいった。そのにーちゃんは周りの友人に向かって「俺は礼儀には厳しいからよ」とか喋っていた。
礼儀に厳しいというよりはただのバカなんだけど、自称「礼儀に厳しい人」の中にはこういう手合いがそれなりに含まれているので、非常にわかりやすいサンプルだなあと思った。
いわゆる「個性的なキャラクター達がチームとして集い、それぞれの特技を活かしながら敵や事件と対峙していく」というやつ。
今思いつく限りでは、アニメでは「攻殻機動隊(特にテレビで放映された方)」、実写では「スパイ大作戦」、「オーシャンズ11」、「スタートレック」、「特攻野郎Aチーム」、他には「必殺仕事人」、「鬼平犯科帳」も当てはまるんじゃないかなと思う。海外ドラマは他にも色々多そうだな。
こういう特徴のある作品にジャンル名を付けるとしたら何が適切だろうか?
国内で言えば、
動燃のアスファルト爆発やら、ナトリウム漏れやら、JCO臨界事故やら
いっぱいあるじゃないか
JCO以外は人身事故にほど遠いケースだし、JCOは発電所内の事故ですらないからね。
だいたい、どんな施設でもこの程度の小事象は稀にはおこるものだよ。鉄道なんか、自殺以外にも死亡事故が結構おこってるだろう。どっちが重大かという話だよ。原発をすぐ止めるのは、政治的な理由も大きい。
ただそれにしたところで、原発は国内の電力需要の結構な比率をまかなってるわけで、動きもしないというのはどう考えても言い過ぎ。
それらの事故は建造物というより職員の問題だよね。
いや、もんじゅのナトリウム漏れは建造物の問題だし、それを言うとチェルノブイリは職員の問題だった。あんな重大な事故がヒューマンエラーで起こせてしまうということがそもそも問題。日本の発電所では確かにチェルノブイリの再現は考えにくいが、しかしJCO程度の事故ならヒューマンエラーで起こってしまうことは残念ながら認めざるを得ないのも事実。
地震対策はやりやすいけどうつ対策はやりにくいから対策しにくいだけでは?
それにホームレスとかは都市部のほうが多いし、貧困は地方の問題とも思えない。平均値だけ見れば地方のほうが貧乏だろうけどね。
地方に金を配分しない都市部は人殺しであるかのように批判されるけど、逆はあまり言われないのは理不尽だなといつも思う。ましてやもっと貧乏な外国のことはスルーだからな。遠い外国より身近な比と救えって事かも知れんけど、それならスラム街のこじきのほうが山奥の田舎者より都会人にとっては身近。
要約:大分の教員採用試験に関わる不祥事では、国民の教育に対する不信をかったようではありますが、試験なんて受けなくても担任やってる人はごまんといます。という記事。
試験の意味ないじゃん!とおっしゃりたい気持ちはわかりますが、正規の雇用として存在しています。
さて。その方法とは何か。
要は欠員補充のための採用なのですが、なぜか4月から1年間臨時採用として働いている教諭がいっぱいいます。
本採用では回し切れていないんですね。
だから、普通に担任を持って、普通に一年間本採用の人と何も変わりなく働いている教員がいっぱいいます。
前述しましたが、その採用にあたって試験は「ありません」。(校長面接のみ)
流れとしては、1月くらいに名簿に登録してもらうために履歴書のようなものを教育委員会に出します。
その後、意向聴取があります。特に問題がなければ名簿に登載されます。
市町村の教育委員会はその名簿を元に、住所であったり条件であったり、いろんな条件を参考に名簿から先生を捜して電話かけます。
その先生が応じると、校長面接があって、そのまま登用されます。
私の場合ですが、5カ所くらいから電話がかかってきました。
ほら。人足りてないのがわかりますよね?
ですから、更に驚くかもしれませんが、臨時採用教員は実はほとんどの学校に配置されています。
また、学校側もその教員が「臨時採用」なのか「本採用」なのかについては全く触れませんので、保護者にはわかりません。
要するに、本採用の試験に落ちた、「おまえは教員としては採用できないな」と判定された人が、
臨時採用として復活してくるんです。そして、やることは同じです。
大事なことなのでもう一度言いますよ。「不可」と判定された人に「同じこと」をやらせてるんです。
「あなたのお子さんの担任、実は本採用試験に落ちた人じゃないですか?」
そう言われても、保護者には確認できません。
ただ、一つだけ確認できる方法があります。
契約期間は最長1年ですので、1年たつと学校を変わらなくてはなりません。
そうです。
「あれ。あの先生1年しかいなかったぞ?」
そいつが臨任だ!
さて、最後に、名誉のために言っておきます。
臨任でも、自分の仕事に誇りを持って取り組んでいる教員はたくさんいます。
臨任でも、本採用の方をはるかにしのぐ技術を持っている教員もたくさんいます。
試験に受かったか受かってないかという次元を超越する教員はたくさんいます。
ですから、そういった人たちをきちんと本採用として任用する試験制度の確立が望まれます。
教員に求められることは、採用試験でいい点を取ることだけではないはずです。
以下愚痴w
そのためにまず・・・日程を変えてくれないかなぁ。採用試験の。
私も臨時採用ですが、7月上旬に試験をやる教育委員会の意図がさっぱりわかりません。
7月上旬って何してると思いますか? 世の中の先生方は通知表の中身を必死に考えてる時ですよ!
私もそのときは睡眠をほとんどとっていません。頭の中は評価と所見でいっぱいです。
土日もいろいろと考えたかったのですが、採用試験があるので出来ませんでした。いわんや試験勉強なんてほとんどできません。
現場で必死に働けば働くほど、採用試験の点数は悪くなっていきます。
なんとか・・・なりませんか・・・?それとも、私の考えがまだまだ甘ったれているのでしょうか・・・。
全く流れをブッた切る訳だが気になるので教えて欲しい。
今気がついたんだが、この「via」ってどういう意味で使ってるの?ネタ元とか、そういう意味?
「経由」って意味でしか知らなかったけど、違う意味で広まってる?
http://anond.hatelabo.jp/20080723220117