2017-05-08

増田不貞女子がつらい。

当方四十路。男性。既婚者。

カミさん女神だと思っている。が、

結婚するまでにそれなりの恋愛経験もあるので、

すべての女性に対して聖女であることを求めたり、

潔癖な貞操観を押し付けたり、

必要以上に崇拝していたりするわけではない。


しかし、最近増田でちょくちょく見える、

不貞暴露が辛い。

なにが辛いって、どの女もほとんど同じで

パートナー不貞相手の心情を

まったく汲もうとしてないところ。

自分の心情、自分の都合、自分の逡巡、自分承認

自分の来し方行く末、自己憐憫自分の性欲、自分の満足、

徹頭徹尾自分自分自分自分

彼女らが興味を持っているのは、ただただ自分なのだ


愛というものは苦しいものだ。

愛の楽しさ・うれしさ・ありがたさと苦しさは表裏一体だ。

受け取るにしても与えるにしても、

相手とかみ合わなければならず、

残念なことに往々にしてそこには不整合が多い。

からこそ人は苦しんでそれを乗り越えようとする。

相手の心を知ろうとし、気遣いをし、

相手幸せであることを願うがゆえに自己を省みてあるいは否定し、

あるいは新たな相手自分発見し、

自分を改良し、あるいはケンカをし、話し合い、

その不整合を減らしていこうとする。

ふたりふたりでいることの安らぎは、

そのようにして作り上げていかれる。


しか彼女らの文章にそれらの愛の態度はシミひとつも滲まない。

徹頭徹尾自分自分自分自分

彼女らの自己陶酔の前では

彼女らのパートナーの苦しみは不毛であり、

彼女らはパートナーの苦しみとその結果の愛の幸福平穏を、

搾取し、己の都合だけで台無しにし、それを省みることはない。

自己憐憫自己陶酔自傷行為としての増田投稿

徹頭徹尾自分自分自分自分


このような手合いが増田でさえ散見されるわけで、

世にこういう人間は決して珍しくはないのだ、

俺のすぐ近くにいるかもしれないのだと思うと、

本当に哀しくなる。

人というものが信じられなくなる。

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