2016-07-29

生きる意味

喜びや楽しみのない人生はつらい。­

認められず、必要とされない人生はつらい。­

まれ、さげすまれ、虐げられるばかりの人生はつらい。­

死ねば楽になれることくらいわかる。­

なぜ生きてきたか。­

私が死ぬことは、私ではない負け組の誰かが生きることを、否定することになるから。­

負け組はいなくなればいい、勝ち組だけですばらしい世界を作ればいい」と認めてしま­うことに通じるから

どう頑張っても集団の足をひっぱってしまう。­

いないほうが助かるけど存在してしまう、そんなやつの存在意義とはなんなのか。­

あるとき思い立ってから、とても生きるのが楽になれた考え方がある。­

この世界いかにして出来上がったのか、真実を知る人間はひとりもいない。

そうであるから人間の正しいあり方なんて誰にも決められない。

どのように誕生し、なんの目的で生きているのか、それを解明するための研究は今も進められていることだろう。

生命多様性研究に値する。

ある人間故意によって生命を選別し、多様性を失ってしまうことで、求める真実から遠ざかってしま可能性はないか

例えて言うと、人間は、大きな岩が砕けて散った、一つ一つのかけらに過ぎないのではないか。­

あのかけらとこのかけらでは、形も色も大きさも違うけれど、もとをたどれば一つの岩だ­った。

きれいな形で心地よい場所に­落ちるもの、とげとげしく危険もの過酷環境に落ち形を変えるもの

自分他人とを別の個人として考えず、くだけたかけらのそれぞれだと思ってみる。

私という個人は、ひとつのかけらに宿ったひとつ意識に過ぎない。

このかけらを失えば、もとの岩の姿を見失う。

ひとつのかけらに宿った意識として、このかけらを守り、元の岩の姿を求め生きる。

人がなぜ生まれたのか、その真実がわかる日まで。

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