はてなキーワード: 光市とは
自分が絶対、犯罪者に…少なくとも死刑を宣告されうるような犯罪者にならないと信じきって喋っている人が多い気がする。別にそれがいいとも悪いとも言うつもりはないけど。
テレビとかネットとかの多数派の反応はある意味健康的な反応なのかもしれないけど、たまには少数派に回ってみたりして、いろいろな面から深く考える人がもっと増えたらなあ…と思う。
あいかわらず、この国の死刑制度に対する存置世論は強いようで、、、
痛いニュース(ノ∀`)【光市母子惨殺】 元少年「生きたい」「検察、僕をなめないでいただきたい」…弁護団、涙で「こんなに胸を張って弁護できたことはない」
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1033297.html
ブログ主の編集方針が偏ってるって事情を差し引いても「吊るせ吊るせの大合唱」状態。あまりに人の命の重さに対する感覚が軽すぎるんじゃなかろうか?
気に食わないやつが殺されたらスッキリするっていう人権感覚が蔓延したら「正義のための人殺しは容認される」っていうことにならないかと心配だ。
さてそれにしても、僕にはむしろ悲しみにくれる被害者を救済する手段が「被告の死だけしかない」というこの国の現状こそ問題にすべきだと思える。
刑事裁判の目的が、被害者救済ではなく社会秩序の維持に偏っている(っていうか、それしかない)現状のもとで、被害者家族は裁判へ参加することもできず、真実から遠ざけられてきた。(少しは改善がみられるが)
悔しさを晴らしてくれるのは「厳しい量刑=死刑」のみ、それだけが唯一の望みという人生はあまりに虚しい。
一家の大黒柱を失った被害者に必要なのは、加害者への報復的判決よりも、むしろ明日を生きる「生活の糧」じゃないだろうか?
例えば、殺人事件の被害者遺族が、交通死亡事故の被害者遺族が受け取る死亡保険金程度(あるいは、それ以上)の経済的救済を受けられたとしたら、被害者遺族は被告の死刑をこれほど強く望むだろうか?
いまでも量刑の判断基準に「被害者(遺族)感情」が加わっているため、加害者に経済的な余裕があれば、賠償金と引き換えの減刑っていうのが現実に行われているけど、これって金持ちなら加害者になっても減刑されるっていう不公平な仕組みだと思う。
自動車事故のように、過失割合も加味して、被害者に落ち度がなければ100:0、怨恨であれば80:20、正当防衛であれば30:70といった具合に、刑事裁判と民事の救済をセットにして判定をし、はじき出された金額を国庫から支出、加害者に財産があれば、それを没収して国庫に充当させるのだ。こうすれば、加害者の経済状態に関わらずに被害者全員の救済が行われ、金持ちだけを特別に減刑させる手段を取り上げてしまえる。
また、社会全体にとっても、死刑にならないことを前提で取り調べが行われたほうが、検察の言いなりになって供述調書にサインをしたり、弁護士の小手先の法廷戦術で事実に反する供述調書を丸呑みしたりして「事実の究明=事件の教訓化」よりも「反省の態度=上辺の取りつくろい」を優先するようなケースが減るんじゃなかろうか。
大事なことは、事件の背景にある社会矛盾や人間心理の不条理を解明して教訓化し、社会全体が努力してこれを取り除くことであって、上辺だけの反省は真実の究明にとって邪魔なだけだ。
そして「だれがそのコストを負担するんだ!?」って反論には「もちろん税金で」と答えたい。っていうか、人命よりもコストを優先する発想って、先進国としてどうよ?
どうも最近の死刑論議・刑事司法論議を眺めていると、感情的な死刑存置派の背後に隠れて(時にはそれを煽って)被害者救済や犯罪者厚生のためのコスト負担を安上がりにしたいという国家権力の怠慢を感じる。
http://anond.hatelabo.jp/20070914184742
を読んで感じた事を。
例えばキモイとか気持ち悪いとか最悪とかこれらの発言も十分罵倒表現になる。
単純に人によって言葉の重さが違うだけの話だと思った。
俺もクズという言葉を使うケースを考えてみたら、例えば女子高生コンクリートの犯人とか光市母子殺害事件の犯人とかそーゆーのが出てくる。
でも人によっては肩がちょっと触れただけでクズと言う人もいれば友達から借りてた鉛筆を失くしただけでクズと言う人もいる。
クズという言葉の重さが人それぞれで全然違うわけだ。
だからamebloの行為はクズだという人もいれば、クズはいいすぎと言う人がいても全然おかしくない事だと思う。
それなのに、元増田に対して「この人はamebloの行為の重さをわかってない」とか批判する人がいるのはおかしい。
amebloのやったことの重大さの認識が同じでも、クズという言葉の認識がズレていたら意見が食い違うのは当然のことなのに。
元増田はクズという暴言に対しての話をしてるのにamebloのやったことわかってない!と反論するのはズレてる。
焦点はamebloの行為の話ではなく、クズという暴言の話だろ?amebloの行為について話し合いたいわけじゃないんだよ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://anond.hatelabo.jp/20070914184742
それをわかってない一部の人間がこんなに沢山いるのは何とも面白い。
技術者系の社会人って口も悪ければ頭も悪くて技術的な常識(HTTPの理解等)はあっても一般常識は無い人が多いのかな?
それとも会社が新人の時にちゃんと育ててあげなかったんだろうか?
クズクズ言い合うのが当たり前とか言う人もいるけど当たり前じゃないのですよ。技術系の人間の集まりはどうかは知らないけど一般の企業や社会でそんな言葉を使わないとお互いに理解できないなんてことはありません。
と、思った。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/DB35ABFE0BC4594249256BB200385F3D.pdf
被告人は,被害者らを殺害した後,被害児を押入の天袋に投げ入れ,被害者を押入に入れるなどして犯行の発覚を遅らせようとした上,窃取した地域振興券を使用してカードゲーム用のカードを購入するなどしており,犯行後の情状もよくない。
「地域振興券」なんていう懐かしい単語を、こんなところで目にするとは思わなかった。
この行動についてはどう弁解したのかね。
つーかまあ、反対尋問は全部黙秘したらしいから、もはや詰んでるとしかいいようがないんだけど。
被告人は,遺族に対しては,謝罪の手紙すら一度も書いたことがない上,当審における事実取調べの結果によれば,被告人は,原審での被告人質問が行われた平成11年11月から原判決の言渡しや控訴申立ての後にわたって,知人に対し,わいせつな話題や遺族を中傷するかのごとき表現をも含む手紙を書き送っていることが認められ,その記載内容や書き送った時期等から判断すると,被告人は,本件各犯行の重大性や遺族らの心情等を真に理解しているものか疑問を抱かざるを得ない。しかしながら,被告人の上記手紙の内容には,相手から来た手紙のふざけた内容に触発されて,殊更に不謹慎な表現がとられている面もみられる(略)とともに,本件各犯行に対する被告人なりの悔悟の気持ちをつづる文面もあり,(略)被告人は,自分の犯した罪の深刻さを受け止めきれず,それに向き合いたくない気持ちの方が強く,考えまいとしている時間の方が長いようであるけれども,公判廷で質問をされたという余儀ない場合のみならず,知人に対して手紙を書き送るという任意の場合でも,時折は,悔悟の気持ちを抱いているものと認めるのが相当である。したがって,被告人の反省の情が不十分であることはもとよりいうまでもないが,被告人なりの一応の反省の情が芽生えるに至っていると評価した原判決の判断が誤りとまではいえない。
この判決の中で、一番理解できないのがここ。
例の「犬とやっちゃった」「調子づいとると思ってた」っていう手紙の評価がこれ。
少年なので可塑性があるから、死刑を回避しているはずなんだけど、
これだけのことをやっていながら、いくら相手方の調子に合わせたと言っても、平気で不謹慎なことを書いてしまう精神性。
反省の態度を形で見せないあたり、可塑性以前に、そもそも矯正不可能だろこいつは。
それなのに、反省の情が芽生えていると評価したこの裁判官たちはなんなんだろう。
「…と認めるのが相当である」ってことは、なにか明確に反省の態度を示したことはないってなわけで。
中学3年生のころから性行為に強い興味を持つようになり,ビデオや雑誌を見て自慰行為にふけったり,友人とセックスの話をしたりしていたが,次第に性衝動をうっ積させ,早く性行為を経験したいとの気持ちを強めていた。
被告人は,本件当日,自宅で昼食をとって再び外出した後,「美人の奥さんと無理やりでもセックスをしたい。」などと考え,排水検査を装って,沖田アパートを10棟から7棟にかけて順番に回って女性を物色し,被害者を強姦するに至ったものであり
こんな理由で強姦して殺して死刑にならないってのなら、
本件は,原判示のとおり,当時少年であった被告人が,山口県光市所在のアパートにおいて,主婦A(当時23歳。以下「被害者」という。)を強姦しようとしたが,激しく抵抗されたため,被害者を殺害した上で姦淫しようと決意し,被害者の頸部を両手で強く締め付け,窒息死させて殺害した上,姦淫し,その後,同所において,B(当時生後11か月。以下「被害児」という。)が激しく泣き続けたため,その殺害を決意し,被害児を床に叩きつけるなどした上,首に紐を巻いて締め付け,被害児を窒息死させて殺害し,さらに,その後,同所において,被害者管理の現金等在中の財布1個を窃取した,という事案である。
被告人は,中学3年生のころから性行為に強い興味を持つようになり,ビデオや雑誌を見て自慰行為にふけったり,友人とセックスの話をしたりしていたが,次第に性衝動をうっ積させ,早く性行為を経験したいとの気持ちを強めていた。被告人は,平成11年春に高校を卒業し,地元にある配管工事等を業とする会社に就職して,同年4月1日から出勤し,先輩の社員について現場に行き,見習い社員として働いていたが,同月9日及び同月13日は欠勤して,友人宅やゲームセンターでテレビゲームなどをして遊んだ。本件各犯行の当日である同月14日も,欠勤して遊ぶこととし,父親や義母の目をごまかすため,午前7時ころ,会社の作業服等を着た上,出勤を装って自宅を出発し,友人宅で遊ぶなどした後,いったん帰宅して昼食をとり,その後,再び自宅を出て本件各犯行に至っている。
本件強姦致死及び殺人の各犯行は,その結果が誠に重大であるところ,犯行の動機に酌量の余地は全くない。すなわち,早く性行為を経験したいとの気持ちを強めていた被告人は,強姦によってでも性行為をしたいと考え,被害者に対し,強姦の目的で暴行を加えた上,被害者から激しく抵抗されると,殺害してまで姦淫し,さらに,殺害された母親の傍らで被害児が泣き続けるのに対し,付近住民が泣き声を聞き付けて上記犯行が発覚することを恐れるとともに,被害児が泣きやまないことに腹を立て,理不尽にも被害児の殺害にまで及んだものであり,その犯行動機は,極めて短絡的かつ自己中心的で卑劣というほかない。
また,犯行の態様は,冷酷で残虐なものである。すなわち,被告人は,上記会社の作業服を着用し,排水検査を装って原判示の沖田アパート7棟41号室の呼び鈴を鳴らし,被害者がこれを信用したのに乗じて室内に入り,被害者の背後から抱き付き,被害者が驚いて悲鳴を上げて手をばたつかせるのに対し,肩をつかんで後ろに引き倒し,仰向けになった被害者の身体に馬乗りになった上,激しく抵抗する被害者の首に両手を掛けて,その喉仏を両手の親指で思い切り押さえ付けるようにして首を絞めた。そして,被害者が被告人を振り落とそうとして,更に激しく体を動かし,また,被害児が被害者の顔の辺りに這ってきて,激しく泣き叫んでいるにもかかわらず,何らためらうことなく,全体重をかけて被害者の首を絞め続け,被害者が動かなくなった後は,その口に布テープを貼り付けた上,手首を縛って,姦淫の目的を遂げた。さらに,被告人は,泣きやまない被害児を床に叩き付けた上,両手で被害児の首を絞めて殺害しようとしたが,うまくいかなかったので,被害児の首に所携の紐を二重に巻き,これを思い切り引っ張って首を絞め,被害児を殺害した。上記一連の犯行において,被害者及び被害児に対する殺意を生じた後は,被告人には,被害者らに対する憐憫の情やその生命を奪うことに対するためらいといった感情をうかがうことはできず,被告人は,強姦と殺人の強固な犯意のもとに,凶悪な暴力によって,被害者らの生命と尊厳を踏みにじったものであり,残虐な犯行というべきである。さらに,被告人は,被害者らを殺害した後,被害児を押入の天袋に投げ入れ,被害者を押入に入れるなどして犯行の発覚を遅らせようとした上,窃取した地域振興券を使用してカードゲーム用のカードを購入するなどしており,犯行後の情状もよくない。
被告人は,本件当日,自宅で昼食をとって再び外出した後,「美人の奥さんと無理やりでもセックスをしたい。」などと考え,排水検査を装って,沖田アパートを10棟から7棟にかけて順番に回って女性を物色し,被害者を強姦するに至ったものであり,本件各犯行のうち強姦は,計画的な犯行であると認められる。これに対し,弁護人は,強姦の点についても計画性はなかったと主張するが,原判決が(量刑の理由)の項において説示する上記計画性を肯定する旨の判断は,供述の信用性の判断を含めて正当なものとして是認することができ,弁護人の上記主張は失当である。
被告人に不利なものしか載せていないけど、これだけの事情を認定しながら死刑を回避した重吉裁判長はすごいと思う。いろんな意味で。
初めての増田。ちょい緊張してます。
僕には付き合って1年と少しの彼女がいます。
先日、光市母子殺害事件のニュースについて彼女と雑談になったんですが・・・
彼女「あの弁護士はありえない!家族を馬鹿にした発言するし、自分の思想を通すために事実を捻じ曲げるなんて!」
僕「確かになぁ。でも、最近はそういう弁護士批判に反対の人たちもいるらしいけど」
彼女「私が「犯人」の親だったら絶対に死刑にしてくださいって言うし、被害者側だったら、例え死刑にならなくても絶対に殺す!」
僕「まぁ、気持ちはわかるけどな・・・」
彼女「・・・あなたは私が殺されてもきっと「しょうがない」とかって諦めそうだね」
僕「!?そんなことないって!」
なんてやり取りになりました。
その時はそのまま他に話題が移って、それ以上は深い話にならなかったんですね。
要約すると
・犯人は罪を認めないひどい奴
・弁護士は事実を捻じ曲げて自分の思想を通そうとする、まるで宗教家みたい
・あなたは私が殺されてもあの旦那さんみたいには戦ってくれないだろうね
・でも勤め先の社長が仕返ししてくれると思うから、あなたは若い嫁と結婚しろ!
といった内容でした。
特に一番最後の文。
読めば分かると思うけど、彼女が年上で僕とは結構年齢差があります。
結婚も当然考えてます。
彼女は今の会社に15年ほど勤めてて、会社の社長との信頼関係も非常に厚い(らしい)。
めちゃめちゃ体育会系の業界で、ことあるごとに「あなたは甘えてる」的なことを言われる。
まぁそれは一理あって、ぬるーい生き方をしてた僕にはいい刺激になってるんだけども。
「私のために戦ってくれない」そう感じさせている僕が悪いのかもしれない。
「何をーッ!?」と言って頑張って欲しいのかも知れない。
でもさ。
「社長が仕返ししてくれる」って何!?
「若い嫁と結婚」て何!?
それはないんじゃないの。
もしかして虫の居所が悪かっただけ?
僕おかしなこと言ってる?
何だかよく分からなくなってきた。
宝味 - 山口光市母子殺害事件で「殺す」と言うインテリと「殺せ」と叫ぶ莫迦
民主主義下の自由主義社会において、近代法を採用しているならば、客観的に判断して、この事件は「無期懲役」が妥当な判決であると言えます。
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煩悩是道場 - 『山口光市母子殺害事件で「殺す」と言うインテリと「殺せ」と叫ぶ莫迦』と書くid:takisawaさんへの質問
客観的に判断して、と仰られるのであるならば、客観的であるという根拠を例示するべきであると思われます。
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本事案は、判例主義で考えるならば、法務に関わるほとんどの人間が無期懲役にあると考えるでしょう。
これは私もそう思いますし、報道においても実務に関わる裁判官のアンケートか調査で、量刑相場は無期懲役が妥当であるとでていました。
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このカスに生きる権利はない。
※一審無期判決を受けて
「勝った!って言うべきか 負けたと言うべきか?何か心に残るこのモヤ付き…。いやねつい相手のこと考えてしまってね…昔から傷を付けては逃げ勝っている…」
※殺された母子の夫に対し
「ま,しゃーないですわ今更。被害者さんのことですやろ?知ってま。ありゃーちょうしづいているとボクもね,思うとりました。でも,記事にして,ちーとでも,気分が晴れてくれるんなら好きにしてやりたいし」
「知ある者,表に出すぎる者は嫌われる。本村さんは出過ぎてしまった。私よりかしこい。だが,もう勝った。終始笑うは悪なのが今の世だ。ヤクザはツラで逃げ,馬鹿(ジャンキー)は精神病で逃げ,私は環境のせいにして逃げるのだよ,アケチ君」
※凶行を振り返り
「犬がある日かわいい犬と出会った。…『そのままやっちゃった』,…これは罪でしょうか」