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2019-06-09

おせん」というドラマがあった、という話

蒼井優さん主演の「おせん」というドラマがあったという話。

原作きくち正太。老舗料亭舞台和食見直すという内容で、スポンサー味の素

原作付きドラマの常で、放映中は原作派とドラマ派の言い争いが発生。確かに印象的な話が飛ばされていたりニコイチになってたりで寂しい部分もあるが、原作を知らなくてもきちんと楽しめるいい作品になったかなぁ、と思っていた。最終話のくだりまでは。

原作は「世の中で鰹節と呼ばれているものは本物(完成品)ではない」という話が連載中だったが、話の途中で連載が止まっており結論は見えていない。しか味の素スポンサーであることを考慮するとドラマの結末は以下のどちらかに落ち着くのではないかと思っていた。

出汁には触れない
和食なのに出汁には触れないという中途半端感は否めないが、原作連載の結末が出ていないのもあり、現実路線か。
出汁をとりあげ、原作通り偽物批判を貫く
原作が途中までしかなく独自に話を作る必要もあり、まぁありえないが実現すれば「味の素さん、懐広いなー」という話に。

しか制作陣は最悪のカードを切ってきた。最終話に向け原作通りに出汁の話を展開してきたのである。さすがに原作ドラマ派で喧嘩している場合でなくなり、「どうなるかわからないけど、まずは最終話を待ちましょう」と展開を見守ることになった。

そして最終話。内容は「マヨラーはよくない」、しかマヨネーズを出せないのでケチャップにするという、斜め下すぎる展開に。これに原作ドラマ派共に「あの最終回ないわー」と大団円。無事ドラマ黒歴史となったのでした。

2015-06-23

実写化アレルギーのいくつかのパターンを見た範囲で分類してみる

http://anond.hatelabo.jp/20150619121107

狂信的原作原理主義者

一番の過激派小説アニメ漫画のようなそれぞれの原作のみが許される存在で、それ以外はある種の冒涜しかないという一派。実写化にとどまらず、小説漫画アニメ化、またはその逆などのメディアミックスも一切許さないような人も珍しくない。

まあ単純に作品としてみた場合原作の時点で既に完成しているわけで、それ以外の焼き直しは無意味どころか害しかないという思想。一部は「原作者による原作の書き直し」すら許さないという。彼らに対して「観てから判断してくれ」「原作とは別の作品として評価してくれ」「お前らを観せたい対象として実写化する訳じゃない」というのは全く意味がない説得の一つ。というかすれ違い過ぎて全く対話の体をなしていない。「ムハンマド風刺画」どころか「ムハンマド人生実写映画化!」とやってムスリムの人たちが歓迎するかといえば絶対にあり得ないというのと分類としては近いか?

なんらかの形で歩み寄れるかどうかが実写化歓迎派と原作原理主義者にとって許される唯一の紛争解決手段だと思われるが、ほぼ徒労に終わる。また歩み寄ろうとする穏健な実写化歓迎派の人たちも、結構割合で「彼らが如何に深く原作を愛しているか」を知ろうとしないまま適当ぶっこくので、穏健派原作原理主義者までキレるなど。

正直相互不可侵条約でも結んで顔を合わせない以外にない……のだが、実写化にとっては当然原作存在必要不可欠なので、近年の実写化の波は原作原理主義者にしてみれば常に侵略戦争を起こされている状態で怒りもマッハイスラエルパレスチナ微妙に思い出したり。原理主義者にとっては、唯でさえ金に物言わせて普段からいいようにされているのに、この話のネタ元のブログのように「ウンザリ」なんて煽ろうものなら、「喧嘩売ってんのはテメエらだろうがー!」と真っ先にキレる。

もはや相手の存在を許した時点で死ぬという双方にとってお互いが不倶戴天の敵。広義の意味では以下記載の「実写化憎悪者」であるが、理論武装まで含めてストイックかつガチガチなので実写化アレルギーにおけるヒエラルキーの中でトップレベル有頂天

実写化憎悪

実写化作品地雷化するのを至近距離のトラウマレベルで接してしまったため、もはや論理的問題を解決しようという気持ちより先に憎悪がある。対話が難しい。原作の超駄作実写化というある種のテロリズム行為のものが産んでしまった「実写化歓迎派」が直接・間接的に生み出した罪の実体化とも。

ちなみに酷い実写化作品漫画などの連載中作品だったりする場合原作者が真っ先に撃沈して連載を打ち切る・継続する意志を失う、などの行動に発展するケースがあり(有名所では『おせん』(きくち正太)、『いいひと。高橋しん、など)、原作者だけでなくファンも一緒に大ダメージを受けて、より実写化自体への憎しみがエンドレスエイト

男性虐待された女性ミサンドリー女性虐待された男性ミソジニーなどと同じく、もう憎むことが目的生物として強制的に改造されてしまっているため即時の解決はほぼ不可能特に「これは私にとっての最高の一作だ!」と崇めているような原作実写化でバラバラにされてしまったような場合、名も無き一般市民が突然クラスチェンジするようなケースも散見される(気がする)。

彼ら彼女らを非論理的批判することは容易だが、そもそも憎しみ自体が誰にでもありかつ非論理的なので当たり前とも言えるし、「なんで憎しみをとめにゃならんかもだ?」と戸田奈津子適当字幕になぞらえて言われた日にはもう……。つまるところ実写化で触れようすれば憎悪セントレンズ噴火ぷしゃー。実写化とは一体……。

ここまで陥ると狂信的原作原理主義者まであと一歩なのだが、何かの間違いで超上手く行った実写化作品に接したりすると寛解とまでは行かなくても市民運動(以下に記載レベルまで沈静化するケースもある。ただし実写化作品を激しく憎むため、そもそも観てくれるということ自体が非常に少ない。治療には長期計画を覚悟する必要があるが、別にさなくても普段は誰一人困らないので年齢とともに偏見が強くなり重症化することに注意すべき。注意してもどうにもなんないけどな!

原作愛欠乏症候群Original Love deficiency syndrome:OLDS)を隔離したい市民団体」(※Google翻訳による適当英語化)

原作に対しての愛が全く見えない作品作りに対して不満を爆発させる一派ではあるが、一応それなりに穏健でまだ和解の気配が見える。

男優女優の決定プロセスプロダクション等々との利害関係露骨なケースや、実写化権利流行りが過ぎ去る前に現金化しようという気配がミエミエの映画作りや、原作ネタ提供元扱いされて下に見られている感じが許せないタイプ

ただし裏を返せば「原作を忠実に再現」などしなくても、作り手側の原作に対する真剣姿勢が見える場合には普通のファンと区別がつかないケースも。「のだめカンタービレ」などは成功した実写化作品としてある程度認められていると思われるが、キャスティングの段階でジャニーズ系がいなかったことや、演技力がそれなりに評価されていた上野樹里のだめ役に選ばれたこと、千秋役が多分絵面やイメージがハマっている玉木宏だったことで、この市民団体が「とりあえず見てみるか?」と行動を沈静化させたことも成功の背景には見え隠れすると思われる。

しかしながら、彼らの主張は当然非常に主観的なため、ある人にとっての成功作がある人にとっても成功とは言いがたく、結局この市民団体活動も終わらない。ただし完成した実写化作品面白そうなら一番映画館に足を運んだり、テレビをつけてくれそうな層ではある。関係ないけどホラー映画「リング」などは原作からの改変がかなりキツイ作品なのだが、ホラー映画として大成功したためこの市民団体は大人しくしている。

基本面白ければ諸手を挙げて歓迎する団体ではあるが、いざ失敗となった場合には一番声が大きくなる層でもある。これより上のレイヤー構成員数が少なく、また自分異端だという認識もそれなりにあるので口やかましくないし、それ以前に「そもそも見ない」あるいは「死ね」という断絶スタイルなので、アンチとして一番構成員が多くなるのはここである

何気に影響力の強い集団なのだが、彼ら自身が「実写化作品に対してそれなりに諦めている」または「自分で思ってるほど原作に対する愛が深くない」ので、自分以上に病が思い人たちに対してビミョーな視線を向けており、一口実写化に反対する人と言っても一枚岩ではないということがよく分かる集団である

こんな感じ? 他にもあるかな~?

 
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