先週出た異世界転生ものに対する、「純文学者」による読者・作者への人格全否定が辛い。
『チートスレイヤー』の時もそうだったけど、雑なイメージで作品を語って、否定して、何が楽しいん?
娯楽小説よりも純文学があまり売れないのは、昔からのことだよ? それ覚悟でこのジャンルを選んでるんじゃないの?
たくさんいる書き手さん、読み手さんの人生がさっと丸めて、戦ってない、みたいなこと、何で言えるの?
昔、子どもが「現世に使命があって転生してきた」系の話を読んで、自分がごっちゃにしてオーバードーズみたいなことをして、騒ぎになったことがあったけど、今の転生ものの読者は(揶揄されるように)年のいった社会人で、別にそういうことも起きてないし。
「異世界にいきます」ってトラックに飛び込む人とか増えてるなら問題だけど。そんなこともなさそうだし。
こんな風に騒ぐのも、炎上商法に乗っかってるのだろうと思うけど、苦しくて吐き出しに来ました。じゃ。
追加 推理小説がブームになった時だって、人格攻撃まではされなかったのに、なんで人格まで否定されなきゃいかんの。