Colaboの当初のスタンスでは「会計は適切に処理している」だったものが「不正な公金利用は行っていない」へ主張が後退していることは認識できているよね?
では、これからColabo関連公文書の開示および会計検査院の調べがある中で現在の「不正な公金利用は行っていない」から更に後退する可能性はあるんじゃないの?
いや確かに擁護へアクロバティックな思考を導入すれば「不正な公金利用を行っていないとは即ち会計を適切に処理しているということだ」という解を導き出すことが可能なものの、それは現時点で可能なだけであって、アクロバティックなその擁護は現時点から主張が更に後退すると崩壊しかねない危ういものだよ?
しかも現時点で既に東京都はColaboへ対して監査をまともにやれていないことが東京都監査委員から指摘を受けているのでColabo自身が言うように是正された東京都の指導に従わなければならないことが確定しているのは理解しているよね?
つまり、Colaboはこれから起こる会計検査院の調べへ対し是正された東京都の指導の元で第三者に拠る検証可能性を明らかにした会計を示さなければならない状態にあるので、現在の「不正な公金利用は行っていない」という主張から更に後退する可能性は十分にあり得るんだよ?
そのような状況の最中にアクロバティックな「不正な公金利用を行っていないとは即ち会計を適切に処理しているということだ」のような擁護を現時点で主張するとColaboが主張を後退させた時点でColabo自身の手によってその擁護の梯子は外されることは理解できるよね?
本当にColaboを想うのならば、現時点で不当さが指摘されている状況を真摯に受け止め、是正された東京都の指導へ真っ当に対応をし、会計検査院の調べに備えて欲しいと主張するべきなのではないだろうか?
それが出来ないのならば今後一切ヒューマニズムもフェミニズムも若年支援も主張しないで欲しい。我々のやる不当は良い不当とも受け取れる主張をする人たちがやるヒューマニズムやフェミニズムほど信用できないものはないので。
暇アノンの悲鳴