2020-12-21

カレー香り

 香り言葉にならない。

 先日、たまたま入ったカレー屋で、注文を待つ間、カレー香りはいったいなんのにおいなのだろう、と考えた。

 スパイス香りだろうか。しかスパイスとひとくちに言っても、ガラムマサラとか、コリアンダーとか、いろいろある。カレーによって使っているものも違うだろうし……。

 そう思いながら嗅ぐカレー香りは、鼻を抜け、喉を通り、お腹を鳴らす。

 待ちきれずに銀色スプーンをとると、ほんの一瞬だけ、自分実家テーブルについて、プラスチックのちいさなスプーンを握っているような気になるのだった。

 言葉にならない香りは、言葉を知らないこどもの頃を思い起こさせる。

 ものごころついたころ、家では私と姉のカレーけが甘口だった。だからきっと、スパイス香りに混じって、すこしマイルドで甘い香りがしていた。きっとそれは、私にとっていちばんしっくりくる「カレー香り」で、言葉にはしきれない、私の思い出の中だけの香りだ。

 香りはいつもそんなふうに、自分だけのものしかない。

 自分だけというのは、さみしいような、とくべつなような感じがする。

 ちいさなころ、そこら辺に落ちている石ころをとくべつなものだと思って集めていた。はじめは母にも内緒にしているのだが、そのうち、こっそり見せてあげたくなって、たから箱から出してしまう。それを見せて母がよろこぶとうれしくて、だけど私だけのたかものではなくなってしまたことに、すこしがっかりする。

 香りは見せられず、聞かせられない、私だけのたかものだ。

 同じ香りを嗅いだときには、思い出といっしょに、たから箱からそっと取り出されてくる。

 注文したバターチキンカレーがやってくると、私はカレー香りたから箱に大事しまって、スプーンを握り直す。

 

 

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