2020-05-06

「主要教科」という概念

教員をして何年かたつ。

最近気づいたのは「主要教科」という語を使う教員と、使わない教員がいるということだ。

一度気づいてから、少し意識をして会話を聞いてみると、使う教員は何度も使っているし、使わない教員は使えそうな場面でも使っていない。

そして不思議なことに、元々「人間的に信頼できるなぁ、こういうベテランになりたいなぁ」と思っていた同僚はほぼ後者で、元々「仕事はできるけどこの人と一緒に働きたい!とは思わないんだよな」という人はほぼ前者だということにも気づく。

想像力問題なのだ

元来色々な専門をもつ人がいる職員室で、その言葉を使ってしま意味が、想像できるかどうか。

(小学校教員全教科教えるが、それぞれ専門を持っている教員は多い。持ってない人や持ってるけど強調しない人も多いけど。)

悪気がないぶん明確に、その言葉を使う瞬間に○○は主要・主流で、他の○○はそうじゃない・傍流だと、言い切ってしまっていることに気づけるかどうか。

そして言い切られる側がどう感じるかに気を配れるかどうか。

しろコロナのこのご時世だから、積み重ねの必要学習リソースを傾けていくことに異論はない。

異論はないが、そういう状況だからこそ、その言葉を繰り返し使う教員と、使わない教員が意外なほどくっきりわかれてしまう。

「主要教科」の表現は、指導要領にも法令にも出てこない俗語だというのもあるかもしれないけど。

そういうところも含めて、言葉を大切にできるベテランになりたいな、と思う。

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