チロはマングローブの湿原でベンガルトラに育てられた。ベンガルトラに拾われた理由は分からない。
ベンガルトラはチロが何なのかは分からなかったけれど、とりあえず猫だと思って育てていたようだ。なぜ猫だと思ったのかは分からない。ベンガルトラの自分になつくのだからネコ科の生き物だと思っていたのかも知れない。
チロは日本に渡り、山中で暮らすようになった。たまに猫と交流をした。猫たちはやはりチロが何なのか分からなかったけれど、仲間が多いにこしたことはないのでチロのことを猫だと思うことにした。厳冬でも動き回れるチロのことを凄いと思っていた。
そんなある日、町に酒鬼薔薇聖斗がやってくるという噂が流れた。チロは酒鬼薔薇のことを知らなかったが、次々に山中に避難してくる猫を見て異変を察した。猫たちはチロに酒鬼薔薇は猫を殺す恐ろしい人間だと説明した。
ベンガルトラも猫だと思っていたチロは、猫を殺せる人間などいないと考えた。いつしかチロは山に避難してきた猫たちの言うことを信じなくなった。酒鬼薔薇聖斗は人間ではなく何か別の生き物なのだろう、と。
酒鬼薔薇聖斗とは何なのか、チロはいろいろと想像をめぐらせた。猫に殺されたネズミが報復のために雇った生き物なのだろう。猫が死んでしまうのは、ネズミからもらった病原菌を使っているのだ。
チロは築地市場のネズミを一網打尽にすることを考えた。殺鼠剤でネズミを殺し、築地市場に消毒薬を撒けばよい。そんなことはたやすいことだと猫たちに言った。
猫たちはチロの気が狂ったと思った。チロが暮らしているのは北海道の山中。日本のことを知らないとは思っていたが、いったい、酒鬼薔薇聖斗がどこにやってきたと思っているのか。そもそも酒鬼薔薇聖斗に触れようとすること自体が猫のすることではない。
チロは山を降りて町を徘徊した。するとパトカーのサイレンが鳴り響き、銃声が響き渡った。チロは苦しむこともなく死んだ。チロの死はニュースにはならなかった。クマが一匹死んだところで誰も見向きはしない。