2017-07-04

なぜ疑う理想主義者が不幸になるか

なぜ女性不信な男性は厄介な女性を選ぶのかというブコメを見て考えました

不信な理想主義者理想が実現されない現状を現実思い込み

不信がゆえに、目の前に理想の築けるモノがあっても、それを手にとることができず

しろ汚泥の方が落ち着くという結論に達するんじゃないかなと

例えば恋愛だけでなく貧困

割りの良い仕事の多いなかなんでかなーと考えると

割りの良い仕事には裏があるという思考が働くからかなと

友達とかでも同じで、ハブになってる人間にすり寄ればいいのに怪しんでそれができない

こういうのは基本的には持ってる人間が持ってない人間を拾い上げる、というか本来はしていくべきで

それは社会的制度だとか、多少強引な巻き込み型の人間だとかがやっているんだけど

こと恋愛はそうはいかない

2者間でのものだという認識が強いか

持ってる人は常に持ち続けるし

わけあうのも現状、倫理的にどうなんだという問題がある

から地雷じゃない対象アクセスすることは困難で

アクセスできるのは不信な人か地雷かとなる

で、不信な人は不信だから上でも書いたように地雷に飛び付く方を選ぶと

とんでもなく腹を空かせて畑ばかりの田舎道、コンビニも街頭もないところに、うな重が置いてある。

畑の横には商品にならない不味そうな野菜が捨ててある。

どちらを食べるか

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん