2016-12-15

物語において主人公苦痛を与える意味

物語とは人が様々な場面で決断し行動する模様を描写したものである

ピタゴラスイッチの実況は物語ではない。

はてさて、物語における主人公はなぜ苦痛を受けなければならないか

のび太テストで点が取れないし、ジャイアンマウンティングされてるし、しずちゃんに良いところ見せられないし。

アンパンマンでさえ自分の顔を削って人助けをしなければならない。

ハワイの浜辺で熟睡しているジジイ描写したところでそれは物語にならない。

な ぜ か

それは日常におけるストレスや困難の縮図をそこに見出しいるかである

そしてその苦痛を乗り越える姿に明日を生きる希望見出しているのだ。

ジャイアンを倒すにはドラえもんの道具を借りればいい。

ジャムおじさんパンを焼かせてしょくぱんまん配達させればいい。

じゃあ自分人生ならばどうか。

ドラえもんアンパンマンも居ないこの世界で、ジャイアンばいきんまんをまとめて制圧するミッションをどう制するか。

私は今日かめはめ破を撃つ練習に余念が無い。

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