僕はその日も活字拾いの仕事を終えて家に帰るところだった。
沢山の活字を拾ってチカチカした目を休めるべく遠くを見ながら
するとそこにひとりの少女が立っていることに気がついた。
僕は自転車を停める。
「どうかしたの?」と僕は彼女に尋ねる。「道に迷ったの?」
「違うの」と彼女は言った。「ここ、幽霊が出るって噂があるでしょ」
少女が中で車に轢かれたのだ。僕も献花を行ったことを思い出す。
「申し訳ないけれど、出口まで送って貰えないかしら」
僕はそれほど脚力はない。だけれど、自転車はすいすい進む。
やがてトンネルを出た。「どう?」と僕は尋ねた。「帰れそう?」
彼女は深々と礼をして言った。「時間はある? 見せたいものがあるの」と。
「私、バレリーナ志望だったのよ。踊りを見て欲しいの」
それで僕らは近くにある公園に行って、彼女は噴水の前に立った。
地面にしゃがみ込む僕を見下ろして言った。「今から踊るわ」
指先や足先をピンと立たせて、優雅に泳ぐように彼女は踊った。
彼女はひと通り踊り終えると、「私の踊りどうだった?」と訊いて来た。
「素晴らしいよ」と僕は言った。「とっても上手だった」
「才能なんてどうだっていいことだと思うよ」と僕は言った。
「少なくとも僕にしてみれば、君の踊りは素晴らしかったんだから」
そう言うと、彼女は笑って言った。
「ありがとう」と。
「君、こんなところで何してるんだね」と僕は突然後ろから呼ばれた。
僕はトンネルの真ん中に座っていた。後ろで迷惑そうにトラックの運転手が
僕を見つめている。声を掛けたのは警官だった。「危ないじゃないか」
「ごめんなさい」と僕が謝ると警官は言った。
噂は途絶えてしまったことを知った。その理由は流石に僕にも分かる。
今でも僕は思い出すんだ。彼女の凛々しい踊りのことを。
そして相変わらず、僕は活字拾いの仕事を続けている。
今日、仕事が終わったらまた献花をするつもりなんだ。彼女へのお礼に。