2013-12-27

彼氏浮気しても、私にバレないようにしてくれるならいい」という女の子の心理について

彼氏浮気しても、私にバレないようにしてくれるならいい」ということをいう女の子がいる。自分(二十五歳・男性)の周りには割といる。実際に付き合った彼女にそういうことを言われたこともある(ぼくは浮気をしないので「自分をそういう見方で見られるのは心外だなあ…」と残念な気持ちになる)。「心の広いワタシ」アピールなのだろうか。或いは「男という生きものをよく知っているワタシ」アピールなのか。ポーズではなく、本気でそう思っているとしたら、過去に何かしらの経験があって「彼氏浮気を疑うことに疲れてしまった」のだろうか。

何と称したらいいのか分からないが、愛とか真実とか平和とか、そういう類のものがある。純朴で野暮で未熟な者希求し、歳を重ね経験を積んできた者は諦めている(かのように見える)類のものだ。これらを手に入れることができるのは映画小説世界の話であって、残酷現実では決して手に入らないものなのかもしれない。ハナから「手に入らない」と決めてかかった方が楽で傷つかず過ごしやすいことは明白だ。しかしそれでよいのだろうか。少なくともぼくは、自分程度の歳で愛とか真実とか平和への追求を諦めたくはないと思っている。若者がそれを諦めちゃダメじゃん。世間熟達した年長者たちに対する若者の優位性は、こういうもの希求するエネルギーなんじゃないか

彼氏浮気しても、私にバレないようにしてくれるならいい」という女の子は、本気でそう思っているのだろうか。ふと自分彼氏浮気しているかもしれないという思いがよぎったとき彼氏がボロを出したとかではなく、ただ単にそういうことをイメージしてみたとき)、悲しい気持ちになることはないのだろうか。そういうことを一切考えないよう脳味噌に蓋をしているのだろうか。

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