「思いやれない人」っていると思う.他人の気持ちになれない人.
言い尽くされてるとは思うんだけど,いじめをなくすってのは「思いやれない人」を矯正するか排除する事なのかなって思った.
「思いやれない人」にも2種類いて,精神疾患や障害によって思いやれない人と,単純に想像力がない人.
精神疾患や障害の場合,病質が可視化されない(つまり社会に適応している,軽度な)「思いやれない人」がいるから厄介だし,こういう人間は矯正のしようがない.だからいじめは必ず起きてしまう.
単純に想像力がない人の場合は,道徳的な問題なので,やっぱり学校教育が悪いとか親の躾が悪いとかっていう話になる.そして教育が出来る事には限度がある.
あと,巨大な罰(いじめが発覚したら即退学とか,実名報道するとか)を用意して,それに対する恐怖心からいじめをなくさせようという意見もあるけど,「思いやれない人」は罰の苦しみだって想像する事が出来ないし,意味が無いと思う.
社会には「思いやれない人」よりもっと多くの「これをしても自分だけはバレないと思っている人」がいて,そういった人間により軽微な犯罪,重大な犯罪が行われている.
「これをしても自分だけはバレないと思っている人」って絶対にいなくならないと思う.そこまでの想像力がある人間は神経質過ぎて生きていかれない.
いじめはなくならないから,いじめられないように自衛するか,行動を監視していじめを未然に防ぐか,
いじめられる人間が録音機材を用意するなどして対策するか,親が,子どもが金を引き出せないようにするなどして対策するか,
いじめが発覚した時に加害者を糾弾して溜飲を下げる以外にないと思う.
あと関係ないけど,不確定なネットの情報を鵜呑みにしてブログに載せた有名な金持ちのおばあさんが褒められてるのやばすぎる.
あれを褒めてる人間の側には「思いやれない人」が大多数潜んでいる気がする.