こんなことをするのはどうせネトサヨだろうが、いつもながらやることが汚い
頭がいいのにそれを認めない人間には腹が立つ。
「いやいや、俺なんてそんなに」
「○○さんの方が全然偉いでしょう。」
みたいに。謙遜じゃなくマジでそう思ってるらしく、行動の端々にそういうのが出てる人に腹が立つ。
もちろん、その人より頭のいい人がいるってのは、アホな一般人からみてもよく分かる。
思うに、中途半端に頭だけいい人はその責任を取ることを拒否してるんじゃないだろうか。
「お前は頭がいい。だから、これぐらいできるはず(実際にできる)」
のに
「いやいや、俺なんてそんなに。だからそれはできません(単にやらないだけ)」
という思いがあるのでわ。極端な話ではあるが。
時と場合によってはそういう身の振り方が頭のいい選択である場合もあるけれど、
頭のいい人はそれなりの責任を取る義務が生まれながらにあるんじゃないかとちょっと思ってしまうわけで。
それがお前の役割だというのに、それをせずにただ怠けるだけってのは
その辺のニートとそれほど差がないんじゃないか、とすら思えてしまう。
頼むから、己のロールを果たしておくれ。逆に言うとそれ以外は期待してないんだから。
もしかしてメンタル系で病気にかかっていませんか?もしフィジカルな病気ならどうぞスルーしてください。
私は去年の九月に新卒から四年勤めた会社を辞めました。原因は、人間関係のもつれから私が適応障害にかかったことです。六月ごろから様子はおかしかったのですが、繁忙期の夏前に辞めるわけにはいかない!と思って九月末で辞めました。仕事を辞めた直後は、とにかく無職なのが不安で不安で手当たり次第に求人に応募しては落ちていました。落ちたことでまた自分が否定されたと思って鬱になるという悪循環にはまっていました。今思うと、様子がおかしかったときの判断はかなりの確立で間違ってたと思います。本来ならばおかしくなった六月に手を打てばひどくなることも無かったでしょうし、会社には休職を打診されたのに「ここから逃げなくては!」という思いだけで「とにかく辞めさせてください」って言ってしまった。まず休職してから、それから辞めるという選択肢もあったのに。職探しもなにかに取り付かれたようにしていたので、面談で上手く答えていなかったと思います。結論は、周囲がおかしいといっているときは、確かに私はおかしくなっている。だから休む。そうしたら回復する。
今は英語とセールスマーケティングの勉強をしに海外に留学しています。環境がすっかり変わったせいか、薬が無くても安定した精神状態に戻ったと思います。今なら自分に足りないところも、逆に無視していい周囲の声も判断することができます。この先私もまた仕事を探さなきゃいけないけど、でも何とかなるんじゃないかと思っています。甘いかな。でもそれだけの努力を、この休み時間にしているつもり。
少しでも参考になれば幸いです。
http://www.youtube.com/watch?v=2xpD65P7kTE
河野太郎でございます。
ようやくこの場に立つことができました。
両院議員総会で私は、党の推薦人を10人に引き下げるべきだ、そういう動議を出させていただきました。今あの場にもう一度戻れるならば、党の推薦人を撤廃しろ、そういう動議を出したいと思っております。石破さんや小野寺さんのことを考えてみても、議論をする前に推薦人を20人集める、その能力がこの国の未来をつくる能力や、新しい自由民主党をつくり直す能力とは何の関係もないということが明確になったわけであります。この総裁選のやり方で、自由民主党がオバマやトニー・ブレアといった新しいリーダーを作り出すことが本当に出来るのかということを、我々はきちんと問い直さなければならないと思っています。
今私たちは、何のためにこの自由民主党の総裁選挙をやっているのか。自由民主党が、きちんとこの党を建て直して、日本の国に健全な二大政党という政治のシステムをつくることができなければ、21世紀の日本を前進させることが出来ない。だから、この国の将来のことを考えて、我々は新しい自由民主党のリーダーを選ぼうとしているわけであります。にもかかわらず、にもかかわらず、私利私欲のために、自分の既得権を温存しようというために動いている人間が党内にいるというのは甚だ遺憾であります。だから我々は総選挙に敗北し、だから国民の皆様から今の自由民主党ではだめだ、そう言われた。あの8月30日の総選挙の敗北から1ヶ月も経っていないのに、もう熱さを忘れ、かつての自由民主党と同じことをやろうとしている。それでは、この党の存在意義はありません。
私は、これまでの自由民主党のなにかを、少しでも変えようという気はありません。まったく新しい政党を一からつくり直す、そのために総裁をやらせていただきたいと思っております。
キーワードは二つであります。ひとつは、リーダーシップの世代交代であります。いつまでも古い政治のやり方をひきずっている人間がこの党を牛耳っていることに対する国民の皆様の怒りが、8月30日の投票の結果であります。党のリーダーシップの世代交代をきっちりとやり遂げる。それが私の使命だと思っております。挙党体制とか、みんな一丸となって、いい言葉ではありますが、それを免罪符にして誤った考えを党内に残すことはできません。それでは、この自由民主党を変えることはできませんし、そんな挙党体制ならこの党の存在意義はありません。明確にに世代交代をする。それが私の使命だと思っています。
もうひとつは、これまで自民を蝕んできた派閥政治からの脱却であります。かつて何度も派閥解消という号令がかけられて参りました。もうそうした建前はいりません。人間は社会的な動物ですから、群れるなと言っても群れるでしょう。一人で飯を食うよりも大勢で飯を食う、それが人間であります。人が集まるのは自由ですし、人が集まって勉強するのも自由であります。問題は、そのまったくプライベートな人間の集まりが、あたかも党の公式機関であるかのごとく、人事権を行使し、政治資金を左右し、党の候補者選定に介入をした、そこが問題であります。人事や政治資金や候補者の選定といった党の運営は、党のリーダーシップが行います。そこに党の公式機関ではない人の集まりが関与することはありません。それを明確に、私は、しておきたいと思っております。好きな人間と集まって勉強するのは自由です。自己研鑽を積むのも、それは国会議員として当然のことであります。それは大いにやっていただきたい。しかし、党は党の意思決定を党で行っていく。それを明確にしてまいりたいと思っております。
自由民主党。かつてはこの国に自由主義、資本主義、あるいはアメリカとの信頼関係に基づいてアジア太平洋の平和を守る、共産主義と対峙し社会党をはじめとする野党勢力と対抗する。かつての自由民主党には大きな旗がありました。
冷戦が終結し、我々はその戦いに勝ちました。今、国会の中で、かつて自由民主党が唱えていた自由主義や資本主義といった我々の考え方に反対をする政党は、一割以下になりました。圧倒的な勝利を収めたが故に、我が自由民主党は、一体自由民主党が何を目指す政党なのか、その再定義をしなければならなくなったわけであります。残念ながら、その再定義をしないまま、今日を迎えてしまいました。この数年間、自由民主党とは何なのか、自由民主党は政権与党である、それしか答えられない政党になってしまいました。しかし、野党になったいま、自由民主党とは政権与党であるとは、もはや我々は、言えなくなりました。自由民主党は、もう一度健全な保守政党を標榜する、きちんとした旗を立て直さなければなりません。
我々は、この国の経済を発展させることによって、一人ひとりの国民の豊かさを増やしていく。無駄のない効率的な小さい政府を作り上げ、そして、非効率な政府の頚木からこの国の経済を解き放ち、健全で公平な競争環境を作り上げることによって、この国の経済をしっかりと発展させ、発展した経済の果実を社会保障として、国民の皆様の安心感を得るために使う。それが私は健全な保守主義を標榜する政党のあり方だと思っています。
国民の皆様に、競い合ってください、競争してください、切磋琢磨してください、そしてこの国の経済を引っ張ってください、そうお願いをするためには、失敗してもきちんと受け止めるセーフティネットが必要です。挑戦してください、失敗したらそれで終わりです、そんな世の中では誰もリスクを取ろうとはしません。挑戦して、失敗しても、また、意志がある限りきちんとスタートラインに戻ってくることができる、そういう社会をつくるからこそ、切磋琢磨してこの国の経済を発展させていく、そういう国民の気概が生まれてくる。それをつくりだすのが、保守主義としての、保守主義を標榜する政党としての自由民主党であります。
そうした結党の本来目指していた精神に立ち返り、わが自由民主党は経済をプラス成長させ、小さい政府をつくり、一人ひとりの国民の皆様の豊かさを増やしていく。そういう政党であるという旗をきちんと立てて、この国をそういう国にして行きたい、それに賛同していただける国民の皆様に党員になっていただいて、そして、一人ひとりの党員の皆さん、あるいは一人ひとりの党員の皆さんの支持を受けて当選された地方議員の皆さん、そうした方と一緒になってこの自由民主党の政策をつくっていく、そういう政党にして参りたいと思っています。
残念ながら、これまでの自由民主党は近代政党というよりも部族連合でありました。これまでの自由民主党の党員の皆さんは、どちらかといえば、自由民主党所属の国会議員、あるいは地方議員の熱烈な支援者でありました。もちろんそういう方も大切であります。しかし、新しい自由民主党は、我々が新しく立てるその旗のもとに集まり、その新しい政党が目指す日本という国を一緒になって作っていく、自由民主党が与党であっても野党であってもその理想を掲げる限り一緒になって自由民主党と新しい日本を作っていく、そういう党員の集まりに私はして参りたいと思っております。利害関係に結びついていた部族連合の時代は終わりにして、きちんと政治哲学、この国の将来のビジョン、その旗の下に、その旗に賛同をする、そうした国民の皆様が集まる自由民主党として新しく生まれ変わる、その自由民主党のリーダーとしてこの政党を引っ張りながら、健全な二大政党制をこの国の政治システムの中にしっかりと位置づけられる。そういう自由民主党にして参りたいと思っております。
ぜひ、河野太郎とともに徹底的にこの党を新しくつくり直す、その運動に賛同をしていただきたい。改めて国民の皆さん、そして全国の自民党の党員の皆さんにお願いを申し上げたいと思っております。8月の28日には、二大政党のもうひとつの軸たり得る自由民主党の最初の一歩を踏み出せるように、しっかりと頑張って参りたいと思います。
どうぞ宜しくお願い申し上げます。
そりゃ、カリキュラムさえ全うすればどんな人でも求められている能力が全て身に付くかといえば、そうはいかないのが人間でしょ。人によって得手不得手ってもんがある。それに、カリキュラムを完全に全うする人なんかいない。工業製品じゃないんだから。誰だってどこかしら不十分だったり、忘れてしまったりする部分がある。酷いのになると、完全にドロップアウトする奴なんかもいる。いわゆるDQNは小学校低学年からドロップアウトが始まってただろ?
だから、いくら訓練しても論理的思考が苦手な奴は常に一定数いるし、そもそもそんなものの訓練を放棄してしまう問題外な奴も少なくないんだよ。形式通りにやったからといって上手くいくほど教育は単純じゃない。
まあ、かといって形式を考えることが無意味というわけではなく、むしろ非常に重要だよね。自分も増田のような問題意識は持ち続けたい。
てかちょっと話の方向を変えて申し訳ないんだけど、より問題なのは、ドロップアウトを推奨する風潮が世間にあることなのでは?漫画とかドラマなんかだと、ガリ勉で心は悪い奴が、DQNだけど心は優しい奴に殴られてハッピーエンドみたいな使い古されたパターンが未だに多かったりする。それで「勉強=悪」なんて子供に刷り込まれたら、そりゃ学校がいくら頑張っても全部水の泡じゃん。で、そうゆう作品では政治家=悪の象徴じゃないですか。そりゃ政治への興味とか期待なんて湧かなくなると思う。
まあ、心の持ちようまでは制御出来んからね。実際日本では、据え置き機よりも携帯機二機種(DSとPSP)の方があのWiiよりも売れてるわけだから、別にHDゲーム機が遊べなくなってもいいんじゃねーの?という人の方が実際はずっと多くて、現状に満足してるから声を上げていないって可能性もある。
損をしているように錯覚している要因としては、PS2時代のアホみたいな数のソフト発売ペースの記憶を引きずっている部分があると思う。一時期はPS2だけで400本以上発売された年が続いたりしたからね。去年のWiiのリリース本数の軽く三倍以上。これを当たり前と感じる世代がゲームを卒業したら空気も変わってくると思う。
一戸建てだと安心なの?そんなことないよね。
親といる安心感がなくなるのとごっちゃになってないか?
まあそれはさておき、「隣りの家とちゃんと間隔を空けた一戸建て」に住みたいなら
土地は広いから隣と近接してることもないだろうから。
責任の所在を明確にするには内閣主導で形式的な責任者が実質的な責任者であるべきというのは正しいと思うが、トップダウンで決める弊害が気がかり。
小泉がぶち上げてそれを継続しようとした安倍内閣は潰されたし、アンチ自民がそのやり方を「実態のない人気に物を言わせた独裁だ」と散々に叩いてたからな。
「国家公務員の総人件費を2割削減する」(←民主党マニフェスト)といいながら、
「補正予算の執行見直しについて連休中の22日の報告を求められ」(←文科省)たら、困っちゃうよねぇ。
人件費を抑制するなら平日に働かせるべきで、休日出勤なんてもってのほか。(25%余計にかかる)
別にバカンスで1ヶ月動きませんってんじゃないんだから、5日くらいなら待てばいいのに。
そういうところの感覚がちょっと違うんだよなぁ。公務員を人と思ってないみたいな。
政治家主導は結構なことだけれども、注文つけるだけつけて成果が出れば政治家のもの、
失敗すれば公務員の責任にされないように、しっかり見ておかなきゃと思った。
本当はマスコミが役に立てばいいんだけど、なんだかあてにならないので。
愚痴がたまってても、その人の前では言えないんだよねーー
だからブログに書いちゃうんだ
そのばで言いたくても傷つけないように言わないでいる優しい人なんて思ってくれなくていいから。
僕はものすごく黒い人ですから
http://anond.hatelabo.jp/20090920004141
官僚だけでなく族議員も目の敵にして議員立法すらさせないで党に拒否権はないとか言う人までいるわけだから、これを政治主導と称すること自体ミスリードと思う。昔の自民党が族議員が各業界各地域の要望をボトムアップで政策作ってて、大臣が名誉職的な位置づけでその分野の能力も必要とされてなかったから、大臣とか内閣からすれば、指導力を発揮しようとしても族議員の意向を受けて動いてる官僚に邪魔されて自分達の政策が骨抜きになってるのが官僚主導のように見えてただけの話で実際は議員主導といったほうが正しい。責任の所在を明確にするには内閣主導で形式的な責任者が実質的な責任者であるべきというのは正しいと思うが、トップダウンで決める弊害が気がかり。
どんな仕事だってある程度の休憩は必要なんだから、むしろ煙草だけが名目としてありみたいな風潮が問題なんじゃないか。
煙草じゃないとやすんじゃいけないのかと。
http://www.asahi.com/national/update/0919/OSK200909180154.html
ここだと煙草は労働時間扱い。ただ計算してみたら、煙草一本あたりだいたい40分くらいさぼってる計算になる。
これを妥当とみるかは難しいところ。前の職場の上司はそれくらい平気でかえってこない。しかし彼が死ぬほど働いてるわけがない。今でもぴんぴんしてる。
ここは、煙草休みはを労働時間に入れないとか入れるじゃなくて、まず煙草休みなんかを一々引っ張りだして労災認定しない国の非常識っぷりを裁いて欲しかったところ。
この日は7時過ぎ起床。
7時半くらいに起きてきてからご飯を頂く。納豆とか。
その後、部屋に戻って荷物をまとめて
近くのローソンでゆうパックで家に送る。明日の午前中につくらしい。
戻ってきてから、おばさんと話をした。
きちんと親に毎日何してたか報告しないと駄目だとか
お金を何に使ったかも言わないと駄目だとか
おじさんにも挨拶した。
それから近くの駅まで従兄妹に送ってもらった。
荷物を日本橋口のところのコインロッカーに入れてから駅内を歩いて回った。
どこかで適当にお昼ごはんを食べようかと思ったけど丁度お昼の時間帯なのでどこも込んで居たので
駅の中にあるところで食べるのはやめた。
それからノープランで歩いてて駅から出て適当に歩いていると小さなサンドイッチ店があったので
そこでチーズバーガーとフルーツのサンドイッチとバナナジュースを食べた。
それからまた駅に戻ったたんだけど、東京駅が広すぎてどこから行けば分からなくなったので
入場券を買ってそれで何とかなった。
しかし、新幹線マジ速い。2時間で田舎から出てこれるとかよく考えたらすげえ。
新幹線から降りると高年齢の団体客の人が
地元の訛りでしゃべってるのを聞いてものすごく安心した。
改札口を抜けたら母が待っていた。ちょっと、泣きそうになった。
一週間そこらだけど、なんかいろいろと申し訳ない気持ちとかで。
駅から出て近くの自販機でジュースを買った。Suicaが使えたのでそれで買った。
帰りの車の中では、おばさんの言うことは宛にならないとか
言われたことはあんまり気にするなとか話をした。
だって、今回、「東京には仕事いくらでもあるから来なさい」なんて言ってたのに
きたらきたでめんどくさくなって、観光させて帰そうとか言う感じになったからだ。
というか、この時点でめちゃくちゃ泣いてた。
男はめったなことで泣くもんじゃないといわれた。何て自分は弱いんだろう。
実際そうなってしまったし、そういうことを言って出てきた知人たちに合わせる顔が無い。
でも、父は僕が家に居ないのをひどく寂しがっていたようで、こんなで気の悪い息子で申し訳なくて涙が出る。
帰りは母が道に迷って家に着くのに時間がかかった。
家に帰ると父が出かけるところだった。僕が帰ってきてすごく喜んでたみたいだった。
父は「急いで仕事探さなくてもいい、都会に行くと家賃がかかって馬鹿みたいだから家に居ろな、まだ食わせてやるくらい(自分は)稼げるから、今はバイトでもして自分の小遣いくらいだけでも稼いどけ、なぁ~にこっちにも仕事は探せばあるから」
って言われた。ホントに申し訳ない。
自分には夢がある。都会に出て音楽やっていきたい。ただそれに将来性は無いから不安だ。
それに、自分はどれくらい曲が作れるか分からない。才能とかどうなんだろう・・・
だけど、応援してくれる人がいる。都会に。
だから、バイトして東京で部屋借りれるくらいお金貯めて家を出ていく方向。
もちろんおばさんちは当てにしない。
今回見て回ってきたし、またそっちでバイトを探せばいい。それ以外の時間を音楽に費やせばいい。
ただ、ある程度期限を決めておかないと将来まずいと思う。
でも、まだ18だ。やりたいことはまだできるはずだ。
今できることをやって、もし無理だったらそのとき就職すればいい。
その人にも「また来る」って言ったし。
やりたいことをやるって現実的に考えたら無茶かもしれないけど、やらないで後悔するより、やって後悔したほうがいいに決まってる。
自分はちょっとビビりなのでその辺危ういけどがんばる。周りの目が気になるけど。
がんばろう。
高速無料化も北海道は来年からやるし、公約でも全部無料と入ってないし無理って事はないのでは?
農家所得保障もやってる国はいくつもある。日本でだけ無理なんて事はないはず。子供手当て高校無償化も来年からやるみたいだしできない公約なんかほとんどなさそうに見える。あと亀井も財政出動に積極的なのはそれほど悪いことでもないと思う。デフレ不況の時期に財政再建利上げをやりたがる電波に比べりゃマシ。
アンケートの設問がまずいように思う。本来、質問はその意図を鮮明に表すものでなければならない。しかるに「高校生の時テストで間違った答えを書いたことがある」は
・自分は正しいと思っていたが、採点者によって間違いと判定された
・自分でも間違っていると知っていたがあえて書いた
どちらにも取れる。前者の場合、いかに東大生であっても「ない」と答える豪の者はほとんどいないであろう。そのような質問などナンセンスだ、と考えるとすればそれは予断にすぎる。後者の場合であっても、頭の悪い皆さんに阿るためにわざと間違えた、というパターンだけではなく、採点者には間違いと取られるかもしれないが、自分にとってはそれが正しいためにそう書いたという可能性がある。本来の意味での確信犯的な答えといえばわかりやすいだろうか。
まことに設問作成者は「何故にと問う。故にと答える。しかし、人が言葉を得てより以来、問いに見あう答えなどないのだ」というボトムズの次回予告を深く心に留めておくべきものであることだなあ(詠嘆)。