小説を書きはじめてもう何年になるかはわからないが、ずるずると書き続けている。最近はめっきり書き上げることができなくなった。そんな自分に嫌気がする。書いては潰して、別のを書いて、年に数回賞レースの日程を確認して「それまでに」と意気込んで、また書き上げられないことの繰り返しが嫌になった。
https://dot.asahi.com/dot/2020091800084.html
質問者と事情は異なるがおおむね共感できた。鴻上先生の回答は口調こそやさしいが「書くのを止めるまで書け」という趣旨と理解した。うるせぇなと思った。そんなことは言われなくてもわかっている。わかっているが、どうしても書き上げられない。書き始めたときの全能感がふっと失せた時にやってくる、五里霧中な心許なさが怖い。誰も助けてくれないし誰かに助けて欲しいとも思わない。怖いけれどいつまでも怖いままでどうにかなったことがないから、「書け」と言われると腹が立つ。
どうせ俺が書いたものなんてという気持ちで、書ききれなかった作品たちのフォルダを立ち上げて、ちょうど一年くらい前にやめにしてしまった小説を読んでみた。「はいはいクソでした」という風に自傷的に慰めようとしたんだと思う。
だけど、これが面白かったんだよな。こんなに俺が書けているとは思わなかった。文量が多くて全部は読めていないから、物語はまだ破綻を迎えていない。けれど、それでも冒頭は俺が読みたいと思っていたけど、誰も書いてくれないようなストーリーが俺の好きな文体で書かれていた。
ところで鴻上先生はこのように仰っている
>創作は1日はオーバーでしょうが、1週間で自分に分かり、3週間で読者が分かるほど、文章の水準は落ちると僕は思います。
もう書きやめてから一年くらい経つ。読み返していてわかる。これは相当ハイな状態だ。あのテンションをもう一度自分の中に作れる自信がない。しかも、文章の水準は落ちているときた。自分でもわかる。このときの文章は今の自分よりもだいぶキレてる。まさか自分が書いた作品に背中から刺されると思わなかった。自分が書いたものなんて、つまんないと自分で思えたらよかったのに。面白いと思ってしまったばっかりに、また俺は自分が嫌になる。
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ワナビーもワナビーなりに加齢とともに創作能力や発想が衰えていくのが自覚するから嫌なんだよな 俺も20代の頃書いてたブログは今でも面白く読めるけど、当時と同じ勢いある筆致や...
なろうなのかい。
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これやな。フィードバックもらうことがモチベーションにもなるで。まあ「賞」に投稿はできなくなるけど。