屋外プールだから虫や葉っぱが浮いてたし、誰かがおしっこしてそうだし、いつも指をしゃぶったりおちんちんをボリボリ掻いているあの子と同じ水に入るのが嫌だった。
プールで先生の指示通りに動く時間(内容は忘れた)が終わり、自由時間になった。
私はこれ以上プールに入りたくなくて、プールサイドで体育座りしていた。
先生に「プールで遊ばないの?」と聞かれても「ひなたごっこしてるのーあったかいよー」と、自分ができる最声のほのぼの笑顔で答えた。
「プール嫌いだから…」とは言わなかった。嫌いなものは克服させようとしてくると思った。あくまで「プールも好きだけどひなたごっこはもっと好き」という雰囲気を醸し出した。
ひなた「ごっこ」が正しいのか「ぼっこ」が正しいのかまだ覚えられていなかった。
普段の仲良し同士ではなく、スイミングに通っているかどうかで分かれているように見えた。
たまにプールサイドを歩く蟻が体を登るので気をつけなければいけなかった。
それでもプールの中の死んでる虫よりプールサイドの生きてる虫の方がまだマシだと思った。プールには虫の血が溶けていると思った。
「園庭で蟻の巣を掘って遊ぶ事もあるけど、その時はなんか靴とか服で守られてるじゃん…でも今守られてないじゃん…だからやだ…靴を登って肌までくることもあるけど、うーんなんだろ。それはすぐ払える感じがする…なんでだろ…」
「プールに入っても虫、入らなくても虫。やだなあ。私だけ早く上がって着替えてみんなを見てたいなあ。見学ですって言えば…見て勉強してまーすって楽しそうに笑顔で…いやー無理だろうなあ。そこで怪しまれるのはなあ」
そんなことを考えていた。
しばらくして、先生がみんなに自由時間はおしまいだと言った。私は嬉しかった。
プールの時間はいつも最初に先生の指示通りに動く時間があって、その後は最後まで自由時間だった。つまり自由時間が終わるということは、プールの時間も終わるということだった。終わるはずだった。
「はーい。では今から増田ちゃんの時間でーす。増田ちゃーん、泳いでいいよー」
えっ
一瞬で色々なことが頭を駆け巡った。
「増田ちゃん、みんなでバチャバチャやってるのが怖くて入れないのね…かわいそう…増田ちゃんもプールに入りたいはずよね。増田ちゃんがプールに入れるようにしてあげなくちゃ!」か?
それでこんな事をしたのか?えっやだ要らない。けどここで断ったら先生かわいそう。
それとも「あなただけプールに入らないなんてダメだよ。嫌いだからってやらないのはダメだよ」ってこと?
私怒られてる?プールに入りたくないことバレてる?!「好きなものはみんなと違うけどこの子なりに楽しんでるのね」みたいに思ってもらえるような雰囲気だしてたのに通用しなかった?!
あの先生は優しいけど、他の厳しい先生や普通くらいの先生はどう思ってるの?あっダメだ顔を見ても読み取れねえ!
一瞬でそこまでしか考えられず、私の口から出た言葉は「や、いいです…」だった。言った直後「〇〇だからいいです」みたいに理由を言えば良かったと思ったが、結局何も思いついていなかった。
きっとみんな「増田ちゃんだけ1人でプールにはいれてずるい」と思ってるはずだし、そんな顔をしているはずだと思った。怖くてみんなの顔を見れなかった。ほのぼの演技も多分出来ていなかった。
「増田ちゃんだけ自由時間にプールにはいれなかったのよー。みんなは遊んだから次は増田ちゃんの番よー遠慮しないでー」みたいな事を先生は言った。
みんなの顔は見てないけど、きっと「そうなんだ。なら次は増田ちゃんの番だな」って顔をしていると思った。
先生はあくまでも優しく提案している。ここで断ったら「増田ちゃん、嫌な事でもやらなきゃダメよ」と、みんなの前で優しく怒られるかもしれない。
みんなにも「折角俺たちの自由時間削って増田ちゃんに譲ってあげたのに断るなんて、俺たちの削り損じゃん」と思われるんだろう。私だったらきっとそう思う。
さっさと入らないと、みんなは「早くしろよ」って顔をし始めるはず。それは怖い。
「あ、うん…」みたいなことを言ってプールサイドのハシゴまで歩いた。
虫の血やおしっこやいつもおちんちん掻いてる子の事は考えないようにして、ゆっくりハシゴをおりた。
プールに入ったけれど何をしていいかわからなかった。適当に水面を叩いてみたけど間が持たない。
「はいったよ。もういいよね」と思いながら先生の顔を見ると「泳いでみて〜」といわれた。もうだめだ。
泳ぐったって…スイミングに通ってる訳でもないし、泳ぎ方わからない…あ、前お父さんと温水プールに行った時「バタ足は膝からじゃなく太ももから動かすんだよー」って言われたっけ。そうするか…でも太ももから動かしたらなんか沈みそうだな。見た目もかっこ悪そうだな…。太ももから動かして「スイミング通ってないのに生意気」とか思われるのも嫌だな…。膝から動かして「泳ぎ方知らないけど頑張ってます」感を出した方がいいかな…うーん、そうしよう…
おずおずと見よう見まねで膝から動かすバタ足をした。水しぶき(=頑張ってる感)が沢山上がってますように!と祈った。
息継ぎの仕方は知らないから、泳いだのは少しの時間だったと思う。顔を上げて先生の方を見ると、「はーい頑張った増田ちゃんに拍手〜」と言われた。
ああ、うん。