2016-06-03

多様性担保にする自由人間幸福にしない

白熊自由について言及している。自由を誇示することは不自由だという論旨だがそもそも人間存在自体自由ではないことを忘れているのではないか

親につけられた名前さえ自由ではない。未成年の被教育コスト愛情自由ではない。自由とは独立自尊という意味においては大人になって初めて発揮される概念である人間がその存在においてそもそもが自由ではありえないのだ。

自由なんかありえない。そう書くとディスとピア感がすごいが人間共同体なくしては存在すら不可能で性欲も食欲もましてや承認すらも他者存在しないかぎりにおいては発生しない価値観なのだ

まり独立自律なんてもの社会的経済的な話であって自由なんつう思想的なもの担保するものには絶対にならない。深夜にこんなこと書いて申し訳ないが。

独立という概念多様性というもの担保にして成立するのはアメリカがその歴史において証明してきたがそれは国の形であって個人がその幸福形成するにあたって大切にすべき概念ではない。よく考えてみればいい。

人が人と接するときに真に相手に触れようとする時は相手の話に触れて影響を受けたいと思うから聞くし、相手に話す時には自分価値観とすりあった時にこそ喜びを感じるはずだ。それは一様性であって断じて多様性なんていうエクスキューズではない。

多様性というのは社会潤滑油なだけであって商談や取引などなら忘れてはいけない概念だが人間関係を標ぼうするものでは断じてない。

多様性担保にする自由人間幸福にはしない

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