2015-03-31

教員の質ってもう限界なんじゃないかという話

昔の教員が優秀だったかどうかはともかくとして、教員志望の奴ってどこかずれてる気がする。

完成した人格を持っていろとは言わないまでも、ある程度の「教員らしさ」ってもの必要なんじゃないか

俺が思う教員らしさってのは

児童生徒に敬意を持って接する、適切な心の距離を保てる

児童生徒の成熟、成長を意識的に促すことが出来る

自分の教科の指導方法を常に改善しようと努めている

この3点だけなんだけど、この程度のことすらできてない人たちが多い

多分自分自身に何の哲学も持たないで、教師ドラマ学生時代の恩師に精神を預けてしまってるんだろうな

もちろんそこに理想現実ギャップが生まれて、何とか彼らはそれを埋めようとしているけど、ギャップを埋めようとする行為のものが大きな間違いってことにも気づいていない。

自分の頭で考えろ」ってのは福沢諭吉時代から言われてきてることなのに、依存精神は全く変化してないことに驚いた

教員指導する立場人間も、声の大きさだけで成り上がってきたんだろうなって人が多すぎる

教員の質の明らかな低下は現場教員けが感じていて、世の中でこの問題について声をあげるような人はかなり少ない。

と、学校教員に話すと

「まぁ、教育観の違いって大きいですからね」

とぬかしやがった。もう本当なんなんだこいつら

  • ・顧客に敬意を持って接する、適切な心の距離を保てる ・部下の成熟、成長を意識的に促すことが出来る ・自分の作業分野のスキルを常に改善しようと努めている と言い換えると「そ...

  • 増田が理想とする教員になれる人材は100人のうち何人くらいいますか?

    • 「なれる」っていうことで言えば、100人いたら95人くらいはなれると思います それはあくまで可能性の話であって、実際どうかということは置いといて

      • 100人のうち95人は自分とほぼ同じだと思ってるようだ。 人はもっと違う。 いいところもあるし、悪いところもある。

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