2014-07-13

弔いの話

3年前の夏、私は実家に帰った。お仏壇のある部屋には、認知症の祖母が寝たきりの状態でいた。

その以前から遅々として認知症の症状が進んでいたが、その頃には私と弟の区別がまるで付かない状態でいた。

「誰かね。(弟)かね」「(私)だよ」

あれほど大好きな祖母が、私の事が分からないのが不思議だった。

「そうかね。(私)はオートバイで死んだよ」「ふふふ、おばあちゃん、違うよ。(私)はまだ死んでないよ」

その時、ふと目が覚めたように、祖母は私に気付いたようだった。

「ああ、(私)かね。(私)はいからそこにいたのかね」「さっきからずっとここにいたよ」「元気かね。今、何をしてるのかね」「東京仕事をしているよ」「ああ、東京でなんてね。大変だ、大変だあ」

私は、一瞬だけ元に戻った祖母の声を聞いて、涙を流した。声色を正すのに、精一杯だった。その後、意識が混濁した祖母は、弟の名前を叫んでいた。認知症の人は、いくつかのパターンにかなり明確に分けられるという。祖母は、火やガスの心配をしきりにするパターンであった。


祖母が死んだのを知ったのは、ある日の金曜の22時前であった。数人で残業していた時に、突然、母親から電話がかかってきた。母は涙声で、祖母が死んだと言った。私は部長に、祖母が死んだので今日は帰らせてください、と言うと、全員が弾けたように帰り支度を始めた。駅までの帰り道、先輩と上司が、自分たちの身内が死んだときの話をしてくれた。私はふわふわとした気持で、それを聞いていた。アパートに付くと、軽い食事だけして、すぐに寝た。化けた祖母は、夢の中にも出てこなかった。


実家近くの斎場に着くと、親戚が集っていた。祖母の死に顔を拝むと、瞼は空き、顎は開いた状態であった。濁った眼球は乾き、辛く天井を向いていた。まるで恐怖で引き攣ったようだった。肝臓が止まった状態で、2週間も祖母は生きた。凄い執念であったか、薬の力であったかは分からない。苦しかたかも、案外楽であったかも分からない。生きるのも死ぬのも勝手に選べなかったのは事実だと思う。

私は祖母の横で、父と一晩を過ごした。守りの番である

会社パソコンを持ってきたので、祖母がいる横の部屋で仕事をしていた。それが終わると、祖母の横たわる姿を眺めていた。夜の2時を過ぎたころ、ようやく眠れた。怖いとか、悲しいとか、そういう気分ではなかった。夜が長いことが辛かった。


いわゆる「おくりびとである納棺師の方が来た。

親戚一同は、ふすまで区切られた横の部屋で待機していた。2、30分もしたころ納棺師の方に呼ばれると、祖母は見違える状態で眠っていた。見開かれた瞼はすっかり閉じられ、顎はしっかりと閉じていた。口に綿を詰めて頂いたらしく、化粧もあって、何歳も若返ったように、生き返ったようだった。

「お母さん、お化粧されたのね」

鬼の様の怖かった叔母が泣いていた。みんな喜んでいた。あの顔で焼かれちゃっじゃ困るな、と叔父が笑っていた。

私は祖母が、本当は生きているのではないかと思い始めた。

「あら、いつからそこにいたの。すっかり寝ちゃってたよ」

そう言いながら、起きるんじゃないかなあと思っていた。そうしたら、目が乾いてるから痛そうだし、すぐにお医者さんを呼ばなければと考えていた。


葬式が終わり、焼却所に行くことになった。たくさん人がいた。毎日、たくさん人が死んでいるのだなと思った。

祖母が、大きなオーブンに入ることになった。お坊さんがお経をあげながら、それに従い我々も手を合わせていた。葬儀場のコーディネータの人曰く、焼却所までお坊さんが来てくださるのは珍しいらしい。確かに、最後最後までよくして頂けた素晴しい方だった。

私は、祖母が焼かれるのを少し待って欲しかった。本当は死んでいないのではと思っていたからだ。


まるで病院の待ち合いのような LED ランプの番号が光ると、我々はぞろぞろとオーブンの前に並んだ。

これが(祖母)様の喉仏のお骨です、こうして見ると仏様の形をしているようですから、喉仏と言われます、と説明してくださる方がいた。祖母の骨は、お棺の中に入っていた何かとくっついたかして、青い色が移っていたのがあった。

斎場に戻ると初七日を行い、御飯を食べた。豪華でとても美味しかったが、焼却所で軽く食べたおいなりさんのせいで、あまり食べられなかった。その後、実家に帰り、支度をすると、すぐに東京アパートに戻った。その次の日から、また残業毎日であった。


先日、一周忌があった。祖母の住んでいた離れが綺麗に掃除され、そこで親戚が集まり御飯を食べた。

私は親戚が自分の家で揃って、一緒に御飯を食べるのが好きだった。子供の頃は、それがお祭りみたいで楽しかった。それがこういう形で集まるのが寂しかった。ただ、祖母もこういう集りが好きだったから、喜んでくれたのかなと思う。

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