http://azanaerunawano5to4.hatenablog.com/entry/2014/04/23/093914
という文章について。
文章のはじめで「新本格ミステリってなんやねん、というひとを意識してる軽いもの」「ざっくり主観的に書きます」と逃げは打っていますが、単純な事実誤認があるのでコメントします。
この文章では
これらを読むと解るんですが、新本格とは「古典的な本格ミステリのコード(お約束、定番)を意識しながら現代風に書かれたミステリ」を指します。ですから何でもかんでも今のパズラーミステリを「新本格」と呼ぶのは誤用なんですね。
と書いています。
しかし引用している島田の文章は、1995年(ここ重要)に出た『本格ミステリー宣言II』に載っている「新本格の七則」というもの。
また「新本格宣言」と書いているのは、おそらく『本格ミステリー宣言』を指すのだと思いますが、これが出たのは1989年12月。
一方、一般に「新本格」という言葉が使われたのはそれよりも前、1988年に発表された綾辻行人の第2作『水車館の殺人』の帯の言葉
とされます。
とありますが、デビューはそれぞれ、綾辻87年、法月88年、有栖川89年。しかも有栖川有栖は東京創元社からのデビューです(「鮎川哲也と十三の謎」の一冊として)。
また『本格ミステリー宣言』の内容は、新本格の作家からも異議や反発する発言があったように記憶しています。
したがってそもそも島田荘司の言葉を引いて「新本格はこういうもの」と言うのはおかしいわけです。
80年代終わりの状況としては、講談社(おもに講談社ノベルズ)で、綾辻のデビューをきっかけとして本格を書く新人をデビューさせていくという流れがありました(京大勢の場合、書ける人を募ったところ法月と我孫子が手をあげた)。
一方、東京創元社で海外ミステリだけでなく日本人作家も扱うようになり、その手始めに日本探偵小説全集が編まれて(デビュー前の北村薫が実質的な選者、出版は1984年~1996年)、叢書「鮎川哲也と十三の謎」(1988年~1989年)、鮎川哲也賞(1990年~)、『創元推理』(1992年~)という流れがありました。
こうした同時代的な流れに与えられた名称が「新本格ムーブメント」だったので、
『メフィスト』「メフィスト賞」にしても宇山秀雄(宇山日出臣)の立ち上げたもので、少なくとも出発点としては明白に新本格でしょう。京極夏彦、森博嗣、清涼院流水などはデビュー当時はっきりと(良くも悪くも)新本格作家とみなされていましたし。
京極夏彦は、講談社に原稿を送ったのは講談社ノベルズで新本格を読んでいたから、というような発言もしていたはずです。『姑獲鳥の夏』裏表紙の推薦文が綾辻、法月、竹本健治という時点で(※当時(今も?)竹本は新本格に属する作家と見られていた)、自身を新本格作家だと思っていたかどうかはともかく、デビュー初期において新本格の流れにのっていたという認識はあったでしょう。
元記事の人のずれっぷりはどこから来るのかなあ。 「ところが今では「現代書かれたパズラー型ミステリ」はすべて新本格と呼ばれてるんですね、これが。」とかどこの誰が誰をさして...
その文章に限らず書いてることが雑なんだよね。 主張したいことが先にあって検証がないタイプの文章。 だいたい「アンチミステリ」って言葉がやたらと使われるようになったのが新...
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「京極夏彦と聞いて、当時の想い出と並べた」http://azanaerunawano5to4.hatenablog.com/entry/2013/12/13/105958 って文章 京極夏彦を初めて読んだのって丁度、新本格にハマってる頃で、個人的には海外...
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