2023-12-12

もし俺が好きなことを仕事にしていたとしてもきっとそんなに毎日が楽しくなかった気がするんだよな

好きなもの仕事にした所で取引先との確執が消えるわけじゃない。

良く分からずに知ったかする人間への苛立ちや、自分たちマスクデータにした情報こちらが知らないことを何度も説明されてようやく気づく間抜けへの殺意、もしこれが好きなもの仕事にしたとして許せたとは思えない。

それなりに知識がつき拘りが増えるに連れ、仕事の中で些細な苛立ちに過ぎないものにやたらと激昂しそうになることが増えてきた。

就職するのに必死にであまり興味がない分野に入ったおかげで、「まあゆーてどうでもいいよな」と割り切れるから耐えられているが自分の詳しいことだったらどうだったんだろうか。

たとえば、オタクの街のオタクショップ店員として働くオタクお気に入り百合アニメの服を着て出勤した日、ふとこう言われるのさ「いい服だな。ラブライブだろ」って、耐えられるんだろうか?

1日なら、1回なら、耐えられるかも知れない。

だが毎日何十回もそういうことが起きたら爆発するかも知れない。

俺は好きじゃないもの仕事にすることに「成功」したのでは?

ふとそう思うことがある。

好きなことを仕事にできた可能性の平行世界に済む自分へのルサンチマンで心が壊れてしまわないように。

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