正確に言えば23K68なのですが(文は煙や)でも構いません
法律は煙のようなものです
産業革命のあとにはイギリスとイタリアが硫黄を巡って争いました
硫黄がなければコインの生産も滞ってしまうほどです
そこでアメリカは黒船で日本に硫黄を取りに来ました
ドイツ人のフランツ・リストが刑事法を社会政策として使うというおそろしい技術を生みました
観念的競合を考えたのも同じ人
日本では硫黄業を始めるために様々な家が新政府側の婿に乗っ取られました
刑法として新律綱領ができました親属殺人罪もありました、しかしが立件義務はあったでしょうか
非親告罪の設置は明治13年です
翌年、政府は硫黄輸出税を無税にし硫黄輸出業が栄えます
硫黄王と言われるようになったのは今の損保ジャパンの創始者でした
観念的競合という技術によれば殺人の前にどのような害を加えようとも罪にはならず、殺人罪の最高刑にしかならないのですね
そして起訴状に書かれないことは裁判官は知る由もありません
観念的競合の技術を使っているのは今は日本だけだそうですが、どうしてなのか理解に苦しみます
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