ある批判表現が、名誉感情を毀損する人格権侵害か、正当な論評かを区別する時に「公益性の有無」というファクターが非常に重要だから。
政治家や著名人の発言は社会にあたえる影響力が大きいから、そういう人たちが良くない発言をしている場合、それをただすために批判することは公共の利益になる。
でも、無名の一個人がネットの片隅で書いてることが、社会に与える影響は本来はほとんどない。
だから、批判することによりその人が傷ついたり、炎上してたくさんの人から批判を受けて身の危険を感じるようなことになれば、人格権侵害になる可能性がある。
一個人に対しては厳しくしてはならない(しないほうがいい)、ということが前提としてあるならば、その根拠はなんですか?
ある批判表現が、名誉感情を毀損する人格権侵害か、正当な論評かを区別する時に「公益性の有無」というファクターが非常に重要だから。 政治家や著名人の発言は社会にあたえる影響...
というか、そういうロジックでこれまではみんなマサカリを投げ合ってたんだよね。 公の場であるインターネットで発言する以上、それは公共の利害に関することだから堂々と批判して...
誰でも簡単に容易に発言できるようになったことによってそうなっていったなら、なんとも皮肉な話ではあるな。
そもそも私刑は禁止にされてる 個人相手ならなおのことだよねってだけでしょ