言葉の意味にこだわるのなら、元増田が指しているのは「義務」と「強制」、その違いはなんだ?という指摘と捉えられる。
義務は、「人がしなければならないこと、従うべきとされること」、どちらかというと社会的ルールに(自ずと)従う、というニュアンスが強いだろうか。論理的思考を養う数学も、「義務」教育となっている。
強制は、「力ずくでさせる、無理強い」、義務よりも強く、権力や暴力も想像させる言葉だ。これは本人の意志とは関係なく、拒否権もないニュアンスがある。
では、学校へ行って言葉や思考方法を習うことは強制的ではなかっただろうか?義務ではあった。だから当然親は子を学校に通わせたし、自分は言葉や計算を身につけた。おかげでこれを書いている。でも、望んだからこうなったか?社会の強い要請、当然そうなるべきという方向づけが無かったか?(これを悪いこととは捉えていない。必要性があると捉えている。)
社会の必要性によって、ある種の強制、義務と強制の間の力によって、考え方や行動がインストールされているのかもしれない。という根本的疑問は持っていていいと思う。
論理的思考の場合解釈は一意だから強制もクソもないぞ
言葉の意味的なものではなく、「論理的思考の推奨」レベルの話。数学とかは論理的思考をすることを前提とした学問で、それを公教育で行うことは「論理的思考の推奨」、もっとトゲ...
前提としてるんだからなかったら成り立たんでしょ強制でもなんでもない
そう、ただその常識とする共通認識の範囲をどこまでとするか?はかなり恣意的であるとも言える。 時代はもちろん、国や地域によって教育の方針は異なるし、優先度も異なるだろう。...
それは強制じゃない もうちょっと単語の意味を調べましょう
言葉の意味にこだわるのなら、元増田が指しているのは「義務」と「強制」、その違いはなんだ?という指摘と捉えられる。 義務は、「人がしなければならないこと、従うべきとされる...
義務教育って教育を受けさせる義務のことで受ける側は何も強制されんぞ マジで用語の意味を知らんだけやん https://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/about/004/a004_04.htm
風邪でも頑張って出席して皆勤賞をとる集団行動訓練を受けてない子供は非国民
人数的にすぐ滅びそうな国ですね