「○○するのが楽しいのじゃなくて、○○している自分と思われる事に意味を持っているのか」
旅行に行っても、写真を撮ってSNSにあげることがばかり考えている。せっかく来たのに、スマートフォンの使用時間がいつもより多い。
何気ない日常でいいねを貰える写真を撮るより、旅行に行ったほうがいいねを貰える写真を撮るのは簡単だ。
「私は旅行に行っている」と人に見せびらかすのも気分がいい。
最近話題の本を読んでいる。正直、そこまで面白くない。でもこの本を読んだってツイートする高揚感がある。
最近、新しいお店で出来た。正直、今日の昼飯はチェーン店のあれが食いたかったが、それでは話題にならない。
特別、食べたいわけではないが、その店に向かった。写真を撮る。SNSにアップする。味なんてどうでもいい。
食べることの嬉しさより、食べた後に食べた事を投稿する、人にどう思われるかが大事なんだ。
ふと思う。もし、スマホのカメラが壊れていたり、ツイートできなかったら、私は旅行に行ったり、その本を読んだり、そのお店に行ったりしたのだろうか。
そして楽しめたのだろうか。
趣味だって、○○している自分が素敵という側面が実は強いんじゃないか。
週二日休みがあるなら、その午前中だけでもいいからスマホ触らない日をつくる。 それか、オフ活をする。
余計なこと考えすぎて、頭が疲れると何も楽しくなくなるよ。 あなたの陥ってるのは旅行に意味があるのか?ではなくて、旅行に意味があるのか?と「考えすぎて疲れた」の方ではない...
量産型まんこ