2018-08-17

[]スタンチク

16世紀ポーランド活躍した伝説的な宮廷道化師

宮廷道化師は王を楽しませるエンターティナーであり、また愚かであるが故に王に直言できる存在であった。

タンチクも、実際には政治に通じた賢人であり、しばしば気の利いた風刺を発した。

彼は三代の王に仕えたが、この時代ポーランドは、外ではモスクワ大公国ドイツ騎士団オスマン帝国などと戦い続け、

内ではシュラフタ(貴族)が力をつけて王権を脅かすなど苦難に晒されており、

タンチクがそれらを憂慮する逸話やその場面を描いた絵画が多く残されている。

狩りのために檻から出した熊が王たちを襲った事件を、プロイセンの臣従にたとえて王を嘲笑したという逸話特に有名である

しかし同時に、経済的文化的にはポーランド黄金時代でもあった。

死後、彼はその立場から憂国象徴として利用され、後にはガリツィア地方保守的政治集団の名に冠せられることとなった。

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